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忘れたり思い出したり

このたび、熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
テレビやネットで状況は見ましたが、震災の時にここがそうだったように一番情報を知りたい方々は多分見れていないだろうなと思いました。
地震警報のあの音は未だに聞きたくありません。
仙台とは被害の性質が異なっておりますが、半年ちかくは頻繁に揺れていましたのであの不安な気持ちを思い出しました。
疲れが後からじわじわときますので、体が無事だからとどうぞご無理をなさらずに。

さて、待ちわびていた4月だったのですが、実際3月とな~んにも変わらない日々を過ごしておりました。
目の前の事だけやっていれば何も考えなくてよい、そういう毎日が私は好きなのかもしれません。

ところで私は自宅警備員が天職だってことに最近やっと気づきました。
とにかく家でぐだぐだPC眺めたりゲームしたり本読んだりするのが無上の喜びですもん。
一日中引きこもって生活するのが私の夢なんですが、引きこもるにも金が必要なのと税金払ってないと何だかうしろめたくてしょうがないので、仮初の姿として私はサラリーマンをやってるんだと思ってます。
だから日々気忙しいのも自宅警備の時間をこの上なく楽しくしてくれるために必要・・・なのか・・・?
私が望む限りはこの日常は続くと思いたいけれど、そうではないし。
今過ごせていることを感謝して、気張って生きたいです。

昨年の母の病気、そして自分が心筋梗塞を起こして死にかけたことは少なからず私の考え方を変えてくれました。
そういえば私は死後の世界というのはあると思っていました。いや、今もあると思っていますが、本当はどうなのかわかりません。
自分の心臓が止まった時の事はまったく覚えていなくて、それから病院の集中治療室でのあいまいな記憶が出てくるまで、本当に真っ暗な長い闇の期間があったのをうすぼんやりとですが何故か覚えています。
体の機能が止まってしまうと当たり前だけれど心もやっぱり止まっちゃうんでしょうね。
もしあの時に私がそのままあの世にいっていればまた違う展開がまっていたかもしれませんが、何せ覚えていないし生き返ったしで、確認取れた時は本当に死んじゃった時くらいのものでしょう。

仮にあの中で人が終焉を迎えるとしたら、それはそれでしょうがないのだと思いました。
あの時にはこの世の事は何も覚えてないから、多分きれいさっぱり忘れちゃうんだと思います。
生前何かと親族を騒がせていた私のおばが一昨年だったかに亡くなった時に、その死に顔が本当に綺麗で、仏様の顔になっていたのですが、そうかもしれません。

自分自身も、そして身近な人もいつどうなるのかは分かりません。
神仏のみそれを知るのでしょうから、今を大事にしなくてはいけませんね。
沢山の偶然の上に毎日生かされていることを思えば、失恋したり(私じゃないよ)文句をいったり失敗できたり、ありがたい事です。
経験できるということはありがたい事です。

という事でまた気が向いたら書くといたします。
ではでは。




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Author:よはん
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