理解したことを伝える。

久々の安否確認。
仕事の時間以外は毎日好きなように時間を使わせてもらっている。
自分が今何をして、どこへ向かおうとしているのか、日々の雑事や生活自体を言い訳にして考えていない事が多々あります。

目的の無い毎日ほどつまらないものはない。
ではあるが目的を持ってそれに向かって進み続けることほど困難な事も無い。
大体は途中で飽きるか凹んで諦める。
継続することほど難しいものはなし。

一度止まってしまったら、その後にその目的に向かって再度歩み始められるかどうかは自分のやる気次第。
やる気の源は理解。
理解とは今の自分を知ることに他ならぬ。
そのための4・5のようなもの。
今の自分を客観的に見つめて棚卸しをする。
理想と現実のギャップを見つめなおす。

真実はだいたい人を惨めにさせる、となにかに書いてあっような気がするけれど、私の場合やっぱりそのとおり。
そこで逃げないで前を向く。そこで逃げないで前を向く。大事なことなので2回書いておく。

たとえ結果がわからなくても、「私が行きます」と言い、人生に向き合うこと、こういった能力や信念こそが私たちが得たいと望んでいるものである。自ら出かけていって、できることをする勇気が必要である。(赤本p126より)

という事で、最初から結果がわかれば誰も苦労はしないのである。
不確かな状況でも目的があるのであれば一歩を踏み出す必要がある。
年齢性別場所時期などは関係ない。
結果はお任せ、で。
試験合格を目指している人、職を求めている人、止まらないギャンブルを止めたいと思っている人等々目的は人それぞれ。
なので各人でできる事をやるしかない。
誰もなんともしてくれない。
なんともしなかった結果は自分で引き取るようになっているので別に不公平はありません。
この話題はここまで。

毎日いらいらして不機嫌で落ち着きが無いけれど、同じ分だけおだやかで落ち着いて感謝できる日々でもある。
どちらも天与のもので互いに裏表の存在、そして互いを引き立たせているのだと思うとどちらが欠けてもうまくはいかないのでしょうね。
そうするとその片方の状態で常にスリップの心配があるとなると、スリップしないように自分で何とかしようというのは難しいです。
子供ではないですがアブスティナンスはやっぱり授かりモノなのだと思います。

私は本心からやめたい気持ち半分、本心から続けたい気持ち半分、の状態でギャンブルが止まってくれました。
その当時、自分ではまだまだギャンブルをしながら社会生活をごまかし続けられるつもりだったのですが、意に反して止まってしまった自分の現実はそうではありませんでした。
止まってくれて結構な時間が経過してから色々と考えはじめ、今日までそれが続いていることを考えると本当に運がよかった?というのかどうなのか、ありがたいな、と思うわけです。

だから粗末にあつかってはいけない。
大事に大事にしなくてはいけません。

もともと私がステップに向かおうとしたのはスリップは防げないのではないか?、という疑問が心の中にあったから。
ブログを書いていれば大丈夫、ミーティングに入っていれば大丈夫、正直に自分のことを話していれば大丈夫。
でも大丈夫な根拠はどこにあるのか?
それが100%の証拠はどこにあるのか?それにある程度の統計でもとっているのか?
大丈夫じゃない限り、またパチンコ屋通いの日々に戻ってしまう。
というか大丈夫じゃないとまじで困るのだけれど・・・><
とかまじめに思っていた時です。

授かりモノでなければこう思うのが自然ですから。

ギャンブルの問題に対する考え方は人それぞれだと思います。
それにギャンブルの問題自体もひとくくりにしてしまうのは少し無理があるでしょう。
その中で一つの考え方として私のような見方もありますよということで。

自分と同じような問題をかかえている人に、自分が理解したことを伝えるのだ。赤本p159


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