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忘れはじめる日はいつの事か

地震から3年。
自分の生活状況を振り返ってみればそれなりに時間は経過しているように感じますが、あの日という1点のみを振り返ってみればもうそんなに経ったのか・・・という感じがします。

強烈かつ止まらない揺れ、天気は晴れていたのにしばらくしたら吹雪、停電で真っ暗な街とは対照的に満天に輝く星々に埋め尽くされた今まで見た事の無いほど美しかった夜空。天地共にまさに異常な一日でした。

地震の爪跡が大幅に解消された仙台の中心部で暮らしている限り、地震の事を思い出される事はほとんどないと思います。
復興という掛け声が消えた事はありませんが、自分たちの非日常状態がどんどん解消されていくに従ってあの日の事は忘れていくのだと思います。

ところで私は今月よりとある会社の会社員になりまして。
入社したてなものなので東北各地の会社施設を新任視察という名目で回っておりまして、先週は南三陸や気仙沼にいってきました。
私はちょうど震災の年の夏にその時契約社員として入社した会社施設の被災状況確認のために何度か南三陸や気仙沼にいっていました。
以前見た時から約2年半経過しているのですが、パッと見た感じ街の街区に変化はほとんど感じませんでした。
変化を感じたのは活気でしたね。以前に比べて工事車両等の出入りが相当少なくなっていてかなり寂しい感じがしました。

実際沿岸部は人口が結構減少しています。
都市計画は進まない、整備の進まない街から移転する住人が出始める、人口が減少して税収が減少、ライフラインの値上げ、新たな負担増に残された住民の不満がつのる、都市計画が依然前進しない、このままの状態であれば居続ける事が難しくなり移転を考える、という循環が生まれてしまったのでこの荒涼とした感じはまだまだ続くのだろうな、と思います。

物事はある一面からだけしか見る事はできないので忘れるという事にも功罪両面がありますが、私は人が地震があった事を何かの拍子で思い出すくらいに忘れかけ始めた時に、街は活気を取り戻すのではないかと思っています。

人の歴史は忘却の歴史。
だから懲りないでバカな事も平気で繰り返すけれど、忘却を功として逞しく生きていけるのだとも思う訳です。

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