求める意味

何かをする時は「どうしてそれをするのか?」という自分なりの意味を考えたほうが何かと良いです。
例えばセミナーに講師を呼ぶのであれば、どうして講師を呼びたいか?、講師を呼んで話を聞いて自分は何をしたいのか?を考えてみてほしい。

勉強になるから、先生の話から新しい知識を仕入れられるから、という根拠は何回も聞いた事はあるんですが、そういう事を言うわりには言った本人が講師の講演中にその話をメモにとったりしているのを見た事が無い。

聞いただけだと話した内容なんてすぐに忘れます。
9月でしたっけ、東京の著名な臨床心理士の先生がこちらで講演をしてくださったのですが、その時に実際に聞かれた方、もしこのブログをお読みでしたらその時の講演の内容、覚えてますか?
そして先生はあの日どんな服を着てたか覚えていますか?
あの日先生は眼鏡をかけていましたか?

内容は事務所のミーティングルームの話からグループの話、EMDRやDVの話、相手をケアし弱体化して支配する○依存の話、母との関係、そこからACの話、という大まかな流れでした。スーツは黒か濃紺でしたでしょうか?(これはうろ覚え)、眼鏡はかけないで首からさげておられました。

私はあの日はかなり前のめりで聞いており、最初から最後までずっとメモを取っていましたので、そのメモを見ながらこれを書いています。

第一回の東北の集いの時は、東北の仲間達と一緒に風呂に入って飯食って、朝から晩まで話をずーーっとしたかったので、その目的実現の為に集いは強迫的ギャンブラーのみで開催しました。

あの時は講師に話してもらう時間を割くぐらいなら仲間の話を聞きたかったし仲間のスピーチの時間を極限まで確保したかった。時間さえ許してくれれば参加者全員にオープンスピーチをしてもらうつもりで、あの時は仲間と相談しながらスケジュールを組みました。

ま、私的には今現在、ある考え方から様々なDrの話に興味があるので機会があればいっぱい聞きたいです。

自らの意識が違うと相手が話している内容を理解する度合いもまるで変わります。
理解しよう、吸収しよう、と思って聞かない限りは話の内容を理解する事はほとんどできません。
なぜなら理解する気がないのだから理解しようがない。
ビックブックを読んでもそうですよ。
書いてある事を理解しよう、そう思って読まないと書いてあることを理解することはできません。
なんだか書いてあることが難しくって・・・というのは本に書いてあることを本に書いてある通りに理解しようと思っていないからです。
自分の好きなように、読みたいように読もうとすれば、難しく感じるのは道理です。

また、スポンサーシップなんてものは、スポンシー君の側にやる気が漲っていればその時点でスポンサーシップはほぼ成功です。
教えを請おう、としている人間は相手の言う事を懸命に理解しようと努めます。知識の吸収に前のめりなんです。
その場合、スポンシー君はスポンサーに対して最大限の配慮を実行します。
約束の時間に遅刻しない、相手の言う事に素直に従う、課題を課されたら実直に行動する。
これなんてもうその時点で霊的なのですから。

スポンサーはこういう時はそれにただのっかればおkなだけ。
スポンシーの献身的な協力なくしてスポンサーシップは機能しない、私はそう思ってます。

スポンサーさんが頑張んなきゃいけないのは、スポンシー君にやる気が漲ってない時くらいのものです。
そん時はスポンサーさんがやる気を漲らせて、そして高度な善管注意義務をもってスポンシー君との共同作業にとりくめばよい。

いずれにせよ、意味づけを考えるという事は、「今自分がやっていることにはどんな意味があるのか。」という事を意識する、という事です。
何でもかんでも意識するのは少し疲れてしまいますが、意識しないよりは意識した方が全然良いです。
毎日の生活に変化が出てきますから。

ハイヤーパワーは私たちが求めない限り、性格上の欠点や短所を取り除くことはしない。(プログラムフォーユーp153)
私たちが求める、というのは別に相手がハイヤーパワーであるかどうかや、性格上の欠点や短所を取り除く、といったことに限られてはいないという事です。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

presented by 地球の名言

プロフィール

よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

管理人への問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
検索フォーム
リンク