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未来は今日の結果の積み重ねにあり。

七夕も昨日で終わり、先週までは25℃前後と過ごしやすかった仙台も随分暑くなってきました。
この間大晦日だと思っていたらもうお盆ですもんねぇ。時間ばっかり経ってしまってやですね。

ところで群盲象を評す、という諺があります。
大勢の盲人が象の体をなでて,それぞれが自分の触れた部分の印象だけから象について述べた(※大辞林第3版より)という事を言っています。
色々そこから発展させた解釈がありますがそれは置いといて。

勉強をしていてもこれはいつも感じることです。
問題が「象」を正面から見たらどう見えるか?をいつも聞いてくるので正面の象だけ覚えていたら、ある問題で急に「象」を後ろから見た視点で聞いてきて、???となって全然理解できずに解説を見てみると、「あ゛・・・ぞうのことだったんじゃんかー」と理解してがっかりする。自分にがっかりする。
勉強は厳しい。何が厳しいかって指摘されることが弱点直撃で痛すぎる。
自分だけは一生懸命やった気になってたのにー。分かった気になりきってたのにー。
先月末からその繰り返しばかりでかなり凹んでます。

とはいえ凹んでいても時間は勝手に流れていくので手はうごかさなきゃいけません。

「プロは知識の精度と正確さで勝負するんです。その対価として報酬を得るのですから。」と私が尊敬している先生は仰っていました。
精度と正確さを徹底する為には繰り返し繰り返し学習する事。
でもその学習の繰り返しは飽きちゃって面白くなくなっちゃうのでみんなこれができないんだと話していました。
それを続けるためにはモチベーションを維持する事で、そのモチベーションを維持するためには、今の勉強を続ける事で自分はどうなりたいのか、何をしたいのか、そのなりたい自分をどこまで具体的にイメージできるかによるんです、という事も言われていました。

とりあえずその辺の妄想は常に持っていますが、今の所は来年の本試験の瞬間に択一・記述ともすらすら解いている自分の姿を思い浮かべておりまするので(妄想は自由)、その現状のゴールに向って今の自分は何をどうすればいいのか、それは意識してやっています。

だからこの時期に視点変化程度で象を象として認識できないなんていうのは論外なのです。
そのゴールの状態からは正直言って程遠い。
その結果からすれば現状で改良できる余地は相当あるので早速やっていっています。早く結果が出て欲しいな・・・。

時間も無ければ金も無い、年だけ食ってく今の状況を何とかしたければやるしかないのです。
ちなみに何でこんな修羅の道をわざわざ行こうと思ったのかは、一つには社交性の欠如があります。
サラリーマン、私には多分向いてないと思います。根っこの部分で私は人嫌いなので、一人でやっていけるようにするためにはそれなりのバックボーンが必要なのです。

あとは今の現実です。
私は絵に描いたような転落劇を演じてしまったものですから、社会復帰が厳しいのです。
今までの履歴や職歴から見ればこんな奴が履歴書送ってきても普通は相手にしないでしょうし実際相手にされてません。
その辺はね、自分なりには世の中割と平等なんだと思いました。誰のせいでもなく自分の望んだように生きた結果を周りは客観的に見ているだけなのです。
でもそんな生活を送ってはきたけれど、これからは誠実に毎日を過ごしていればいつかはきっと報われるしやりなおせる、とそう思っていましたが、やってもいない事をやった事にされたり、自分がどんなに頑張って、自分なりに精一杯尽くしたしてもそれと正反対の結果が出てきたりすると、何で俺だけこうなんだよー、正直に生きようとしたって報われないんじゃないかと今まで結構凹んだりなんだりしてきました。

自分が今立っている足場は何てもろいんだろう、何かあればサッーと崩れてしまう砂の城なんだなぁとしみじみ思いました。
どこかで稼いで当座の飲み食いは凌げたとしても、延々それを繰り返して俺は一体どこまでいけるのかなぁ。
どこかいい職場に就職できたとしても続けたくても続けさせてもらえない、どれだけ働きたいと思ってもそれが叶わない、またそういう思いを経験する事はあるだろうなぁ。
そうやってその時50・60になってたらどうなんだろ。
そういう生活しながら俺GAには繋がっている事ができるのかな?

俺の未来は一体どうなるんだろうかと。
どっかで急に何かが変わってある程度満足した生活を送ってるんじゃないかと妄想しているその根拠はどこからくるんだ?と。

去年の秋口あたりから、その辺の事は随分色々考えました。
んであれです。因果応報、今の自分の結果に応じた未来になるんだから、やるべ、という事になったのです。

貧すれば鈍す、まずは何より食うため。
どんな事をやろうとしても、食えない以上は何もできんのでまずは食える事。
食える未来に行くために、今までと違う事をすればいい。
食っていくための社会的な信用が無いのであれば自分でそれを作ればいい。

だから勉強しよう、となりました。

今後日本経済がどうなっていくのかは分かりませんが、企業は経営効率化の一環として今後も人件費削減は行っていくでしょうから非正規雇用者は増加していくでしょうし、少子高齢化に伴い公租公課の負担も増加、手取りは少ないわ、長くは働けないわ、差っぴかれるのは多いわで、一層厳しくなっていくのは想像に難くない現状です。

資格は取れば必ず食える、というものではないけれど、自分で畳むと決めるまでは定年を迎えることもなく、いつまででも仕事を続けることができます。
それに私のような性格破綻者が士業を営んでいるのを複数人この目で確認してるので、その辺は問題ないのと、食えるかどうかは本人のやる気次第、気持ち次第だと私は思っているので。
やる気次第、気持ち次第で食えるのであれば、それだけでチャレンジする価値があります。現状のままでいけば、それはどんなに私が頑張ったとしても与えられるとは限らないのですから。

さて、長くなっちゃったのでそろそろ駄文を閉めます。
まとまりはありませんが脳内垂れ流しのままに書きましたのでどうかご容赦ください。

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