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砂場の秩序?

法律の勉強をするのは今回が初めてではないのですが、目うろこというより言葉の意味が分かっていなくて??という自分の理解度を考えると今回が実は初めての勉強になるのかもしれません。


法律は国民の権利や自由を制限する。(何となくわかってたつもり)
憲法は国家権力を制限する。(?)
確かに条文には公務員その他には憲法を守れと書かれていますが、国民は憲法を守れなんていう事は書いてありません。


憲法と法律では向いているベクトルが全く逆のものだとは知りませんでした。



それでもって憲法は一人一人の国民個人の尊重を最重要の価値観としているという事。
公共の福祉というものも、公序良俗というか社会生活を営む上で自分が受忍しなければいけない社会ルールというイメージだったのに、これは憲法が最高の価値を置いている個人の権利同士がぶつかった時の矛盾を調整するもののようで。
・・・無知というのは怖いものです。


ところで人が群れて社会を形成していけば憲法や法律のような決まり事が必要になってきますが、強迫的ギャンブラーの集まりであるGAにはそういうものがないです。
先行く仲間たちが私達に残してくれたのは、回復のためのプログラム(12のステップ)と一致のためのプログラム(12の伝統)という提案であり、規則や命令といったものはありません。


仮にルールがあったとしても、私たちは何よりも決まりを守らない人種であることと、ルールを破ったメンバーに直接強制する正当な権限をGAでは誰も持っていません。
憲法や法律が有効に作用しているのは強制力があるからでGAにはそれはありません。
GAメンバーはギャンブルをやめたいという願いを持つ事だけで繋がっておりメンバー同士は平等、という建前です。
ちなみにギャンブルやめたい、というのを証明するために何か必要なものがあるのか?、と言われればなにもないですから、そう意志表示すれば誰でもGAメンバーになります。


そういう風に言われるとGAは無法地帯と思われるでしょうが、確かに「無法」地帯ですが実際それで無秩序かと言われれば秩序はあります。
それは一致のためのプログラムの提案を受け入れた訳ではなく、単純にGAに居座っている時間の長さだったり、ミーティングへの出席頻度であったり、グループの役割についていたりで、それが発言力や影響力という力になり、それを行使するメンバー達とそれ以外のメンバー達とで目には見えませんが序列が存在し、それで秩序が形成されます。
(一致のためのプログラムはルールではないのですが、こうなってくるとやっぱり私たちにはルールなのでしょう。)


幼稚園の砂場で遊ぶ園児達にも秩序は存在します。
幼稚園に入園してそこの園児という立場は共通で平等でも、砂場で遊んでいるうちに園児たちの中でも優劣がついていきます。
体の大きい子やケンカに強い子は自然とリーダーシップをとるようになるでしょう。
私達も幼い頃にそのような個人の力関係に基づいた制限を受けたはずです。
GAと幼稚園の砂場の秩序は見た目の要素は違うかもしれませんが、力関係で外から抑えられているという点ではさほど変わりません。


ところでGAには前述した一致のためのプログラムというものがあり、今までグループを運営していく上でこうやって私たちは失敗してきたから、こうはしないほうがいいよ、という先人たちの経験がハンドブックに書いてあります。
一致のためのプログラムで提案されている内容は、・・・すべきである、と書かれているものが多く、提案とはいうものの、基本的にはGAメンバーに対して制限を課すようなものと思います(私は)。


それは強制力のない法律のようなもので、存在としては道徳というものに近いかもしれません。
「道徳」とは権力に裏付けられた「法律」と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理。
よって道徳は自発的に守ることで、自分自身に対して規範に近いものとして有効になります。


砂場の秩序のように外からの力で制限されるのではなく、自ら望んでその制限を享受する、というような図式になり、ベクトルの方向がちょうど逆になります。
一致のためのプログラムは内側からのベクトルが働いて、初めて機能するように多分出来ています。
自分で価値を認めたものは大事にしますし、続けていきたい、残していきたい、と思うようになります。


自分で価値を認めたものと、そう思うようになるには回復のためのプログラムを踏んで、自分なりのスピリチュアルな目覚めを経験する必要がある、という事になります。
なのでルール云々言う前に、やることがあります。
まぁ、それを経験したとしても、サボればまた砂場にすぐ逆戻りしますが。


一致を保つためには、私たちの経験は、次のことを示している。
1.優先されなければならないのは、全体の福利である。個人の回復はグループの一体性にかかっている。
~中略~
12.無名であることは、GAプログラムのスピリチュアル(霊的)な基礎である。それは各個人よりも原理を優先すべきことを、つねに私たちに思い起こさせるものである。


※ここまで書いた事はあくまで私の意見でありGA全体の意見を代表したものでも一部を代表した意見でもありません。

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Author:よはん
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GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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