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あと一歩だけ、前に進もう

いまだなにひとつ さまになってやしない
あいかわらずあのひのだめなぼく





私のギャンブルが止まって3年半。
止まっている期間が長くなれば長くなるほど感じる事があります。


強迫的ギャンブルという病気には自然治癒が無く、病気は今から見て最後のギャンブルからただ止まっているだけ。
ストップウォッチのごとく止まった時間を針が指したままで、次のギャンブルが始まったらそこから針が再び動き出すだけなのだという事。
ストップウォッチのようにリセットボタンはどこにもついてない。


ギャンブルが止まって半年。
病院を退院してアパートを借りて一人暮らしをスタート。
バイトも始め、GAでも初めて司会を任されたその日、母が私を訪ねてGAの会場に来てくれました。
縁を切られていたのでもう会うこともできないと思っていたけれど、このように訪ねてきてくれた。
バイトも昔お世話になっていた所を訪ねたら、また雇ってもらう事ができた。
自分の中で途切れていたものが再生をはじめていくのを感じた時、このままGAに繋がっていけば私は回復できるのかもしれない、と思いました。
このまま賭けないでいければ大丈夫、きっと大丈夫だと。


それから3ヶ月、ミーティングの会場も増やして自分がそこを主催して、賭けない一日を精一杯生きている自分の回復は、自分ながら磐石なものになりつつある、と思っていました。
そんなある日、街中を歩いている時に、辞めた会社で私の上司だった人が私のいる方向に歩いて来ているのに気付きます。
ここまでの賭けない一日で自分ながら思っていた事、ミーティングで話していた事。
「もし今まで迷惑をかけた人に出会ったなら謝ろうと思っているし、今なら多分それが出来ると思う」と私は考えていたし、仲間にも話していました。


そう思っていた、話していた人間が実際にそこでやったことは、上司の前まで行って謝る事・・・ではなく、上司の前から走って逃げる事、でした。
心臓をバクバクさせて逃げている自分がそこにいました。
私の、磐石なものになりつつあると思っていた回復の実際の姿とは・・・目の前の人から逃げることしかできないもの、でした。


いまだなにひとつ さまになってやしない
あいかわらずあのひのだめなぼく   ってな感じ。


その後私は12ステップに解決の糸口を求め、関東で開かれていた某研究会の集会に行きました。
12ステップについて調べはじめたその日から、その集会の開催日まで1週間もなかったように記憶しています。
仕事の休みとか、タイミングもたまたま(?)合っていたのでそのまま夜行バスに乗っていきました。
自分の中ではかなり切迫したものがその時はありました。
変わりたいと、そう思っていました。


運よくそこでスピーカーをしていた方にスポンサーをお願いする事ができ、11月下旬頃にはステップの手渡しを始めさせてもらっていたように思います。


ビックブックを使って医師の意見とビルの物語を読み終え、分かち合いをしていた時。
スポンサーの問題はアルコールだったのですが、その体験談を聞いているうちに私は不安になりました。
あんまりスポンサーが自分のアルコールの話を楽しそうにするものだから、私はその話を聞いているうちにギャンブルがしたくなってきたのです。
ああ、そういえばパチンコ楽しかったなぁ、スロット面白かったよなぁ・・・と。


・・あれ?
今ステップ手渡してもらっているんだよね・・・
止めたいはずなのに、どうして今やりたいと少しでも思ってしまったんだろう・・・
・・・
・・・もしかしたら本当は今もやりたいのでは・・・
でも・・・そう思ったらダメなんじゃない?
ギャンブルをやめたいという願いを持つこと、それがGAメンバーたる資格であって、私の今のこのモヤモヤはあってはならないのでは・・・


「私、今やりたくなりました。でもって、不安です。」
とスポンサーに言ったのは覚えています。
スポンサーがニコニコ笑いながら黙ってそれを聞いてくれたのは覚えていますが、どう答えてくれたのかは覚えていません^;
それが私の病気の正体だと知るまでにはそれほど時間がかかりませんでした。


それまでずっと思っていました。
賭けたいと思う気持ちが存在するのは真剣にやめたいと願っていないからだと。
それではダメなんだと。
でも自分の話をしているうちに止まらないギャンブルで過ごした苦悩の時間の記憶とともに、楽しかったギャンブルの事も沢山思いだしてしまいます。
3秒フリーズしたり全消灯したり、爺がハワイに行ったり、カヲルが画面に顔を出したり、そんな事を沢山思い出します。


どんなにひどいギャンブルをしてきたとしても、自分も周りの人たちもとことんまで壊してしまったけれど、それでも楽しかったギャンブルの事は忘れられない。
止まらないのがたまらなく辛かったけれど、それでも私はギャンブルが好き。
だから賭けたい気持ちが私から消えて無くなる事は無いのです。


それと同時にギャンブルをやめたい気持ちも、ギャンブルをしないで生きるために自分が変わりたいと思う気持ちも持っています。


人間の心は0と1で表現できるデジタルなものじゃない、二つの気持ちを併せ持ってもしょうがないのだと自覚しました。
だから私は自分でスリップは防げないのだと、ハンドブックに書いてある心理的空白、ビックブックに書いてある狂気、それには対抗する事は私にはできないのだと自覚しました。


とても不安になりましたが、諦めざるを得ませんでした。
だから今も執行猶予中だし、中休み中でしかありません。
そうすると今のアブスティナンスも文字通り、いつまで続くか判らないものに当然なります。
そして私がスリップしたら、次のアブスティナンスがいつ得られるのかも判りません。


賭けない一日がそのような不確かなものであるのならば、自分の人生が今後その上に築けるのかどうか疑問に思いました。
ただ・・・どうなのか・・・
半年の、そして8ヶ月のアブスティナンスが私にもたらしてくれたものは・・・
そして今、棚卸しやら埋め合わせやらに取り組もうとしているのはどうしてなのか。
不確かだけれども、その生き方に自分が魅力を感じている。
一日でも長く賭けない生き方は続けたいけれど、明日の保障は無いなんてなんか虚しいじゃん・・・


何だって因果な病気になったものだと、本当にそう思いましたし今も思います。
でもね・・・全てが意のままにならないのであれば、それはどんなに悩んでも考えてもどうしようもないこと。


・・・だったら。
いつまで続くのかわからないのであれば、今日くらいはそれを大事にしよう、いつそれが途切れたとしても後悔しないようにしよう、そう思うようになりました。
実際そう思うようになって自分なりにはステップを毎日実行して大事にしているつもりですが、どうもそれが効果があるようで。


自分の意のままにならぬアブスティナンスですが、それを大事にしようと努めているとそれは伸びていってくれるようです。
そしてその事実から考えれば、アブスティナンスを粗末に扱えば逆にいつか消えて無くなってしまうのでしょう。


そう思って過ごしてきて今に至っています。
たまたま頂いたアブスティナンスがここまで伸びてくれるとは正直思いませんでしたし、明日以降どうなるかはわかりません。
冒頭に書いた事、賭けない日が伸びれば伸びるほど、アブスティナンスを大事にするということは難しい事だと感じています。


だって自分の日常を過ごしていてそれはいつも感じるもの。
人との接し方、自分の態度、考え方、行動。
それじゃダメだよと、相手の態度や自分の行動の結果がそう言ってきます。


いまだなにひとつ さまになってやしない
あいかわらずあのひのだめなぼく(三度登場)


だから怠けちゃだめなのです。
日々続けるという事がとても大事。
でもそれが最も私の苦手な事なのです。


だから楽じゃぁないのでございます。
ただね、賭けない一日がもたらしてくれたものを私はもう失いたくは無いです。
それはとても魅力あるものだから、あと一歩だけ、前に進もうと、そう思わせてくれます。

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おはようございます。

ヨハンさんへ

おはようございます。
イノセンスです。

ヨハンさんのブログはいつも考えさせられることが多く、学びと励みを与えてくれます。

私もギャンブルの魔力の前には無力である事を感じ、具体的な行動をしてます。

必要以上のお金を持たない。

1人の時間を少なくする。

ブログ更新を続ける。

でも、それでもスロット行きたい思いは消えません。

将来も不安です。

でも、ヨハンさんのブログを楽しみに頑張ります。

追伸

あんまりコメントするとウザイでしょうか?

もし、そうであれば、控えます。

イノセンスさん こんばんは^^

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常時歓迎です。遠慮なくどうぞ。

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Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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