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話合いが足りない。意志の疎通が出来ていない。

他人の話を聞いている時ほど、その人にとって何が問題であるのかが手に取るように理解しやすいものです。

というか、その人は何で問題の本質が分からないの?と不思議に思うことのほうが多い。

何故そう思うのか?と言われれば、その人が自分の口でその問題点を話しているからです。



巻き込まれていない人間にはその問題点がよく見えます。

巻き込まれている、もしくは巻き込んでいる人には問題点が見えないものです。

だから自分の問題の本質を知るためにステップ5が必要なのです。



お互いの話を聞いてみて思うのは、話をお互いにもっとすればいい、という事だけです。

その障害になっているのは、自分からは話したくない、口火を切りたくない、というプライドだけではありませんか?

相手に配慮を求めるのであれば、まずは自分から配慮を相手に示す事です。

まず自分から話す、というのも相手に対する配慮になります。



とは言いながらも仲間同士の場合はお互いに病人なので、なかなかそうするのは難儀なことです。

お互いにとにかく相手に対して底なしの配慮を求めてきます。

それは結局は相手が悪い、相手がおかしい、自分は正しい、自分は間違っていない、という自己中心な考えに他ならないのですが。



スムーズな会話には、というかぶっちゃけた話が出来るようになるには、お互いの回復の度合いに大きく影響されると思います。

結局はシラフの状態にならないとまともな会話はできないのでしょう。

それは本人同士のみならず、本人と家族の場合も一緒です。



ぶっちゃけた話をどちらかがしたくても、片方がシラフで片方が酔っ払っていれば、まともな会話が成立するはずもないのです。

この場合、シラフの人間が酔った人間に対して配慮を示すしかありません。

巻き込まれていない周りの人間からみれば、そのように感じます。



その配慮というのが、話を聞いてあげることなのか、話をしやすいように自分から口を開いてあげる事なのか、はたまた黙ってスルーするのか、そのまま距離を置くために冷戦に入るのか、どれになるのかは相手方の状況次第でしょうが、それでも片方はシラフなのでその時の状況に応じた対応ができるでしょう。

どっちとも酔っ払っている場合は話はもちろんもつれます。

酔いどれ同士で話ができるはずもないのです。

その場合、まずは酔いが覚めるまで待つしかありません。



依存症は感情の病とも言われます。

それはギャンブル依存症だろうが、共依存だろうが、さほど大きくは変わらないでしょう。



「自分たちに不当なことをした人たちは、多分、霊的に病んでいるのだと考えた。彼らのやり方は気に入らず、私たちに大いに反感を抱かせたが、彼らもまた私たちと同じように病んでいるのだ。」

「私たちは報復や論争を避けた。誰も病人に向かってそんなことはしないだろう。」

(アルコホーリクス・アノニマス P97)



急には人間変われません。

それは自分も、そして相手も一緒です。

まずは自分が常に正気だとは思わないようにする事から、自省をすることから・・・でしょう。

(常に酔っ払っている私がこのように書いても全く説得力に欠けますが)

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