追憶

忍耐とは、「ほかの人の意見、習慣、行為を必ずしも認めるわけではないが、それに対して寛容である事。」

寛容とは、「ほかの人を罰したい、仕返ししたいという願望を手放す事。ゆるしを求めること。許すこと。」



ブログの記事。

それに対するコメント。



この世界では言葉が全て。

言葉は本当に自分を映し出す鏡。

自分の全てがそこには現れる。



ステップを踏みはじめて、

このブログの世界でも、自分のどこが傷つけられたのかに初めて気付いた。

そして傷つけたであろう事も。



僕はビッグなんだ、って一昔くらい前に言ってしまった人、いたっけ。



私もそう。

そう思ってた。

私はビッグなんだって、そう思ってた。



だから私は多少の事は許されていいのだと、

私はビッグなのだから、と。






自分の棚卸をしている最中、

小さい時の事を思い出した。



幼稚園の時のお弁当の時間。

弁当を開けたら、ご飯がピンク色になっていた。

おかずのところにイチゴが入っていて、その果汁が白いご飯に滲んでいた。



イチゴ味のご飯。



お弁当を食べ終わったら、

担任の先生が「ちゃんと食べられたかなぁ?」といって巡回するようになっていた。



母が作ってくれたお弁当を、残したくはなかった。

イチゴ味のご飯、

鼻をつまんで無理やり食べて、

先生に空になった弁当を見せて微笑まれた。



その日幼稚園から帰っても、母には何も言わなかった。



そして次の日の弁当の時間。

弁当を開けた。





…イチゴ弁当。



やはり食べた。



帰宅後、母には言えなかった。



何回もイチゴ弁当が続いて、

さすがに食べた後に気持ち悪くなってきた。

そして弁当の蓋を開けるのが怖くてしょうがなくなった。

またイチゴの汁が滲んでいるのではないか、と。



イチゴが入っていない時にはとても安堵したし、

イチゴが入っていれば、もう食欲が無かった。



先生も私の様子に気付いていたのか、

何回か「どうしたの?」と声をかけられた記憶がある。

その時は弁当の中身は見られないようにしていたのだけは覚えている。



幼稚園児ながらに随分悩んだのを覚えている。

このままではお弁当の時間が苦痛で仕方が無い。

だからある日、意を決して母に言った。



「汁が滲むの」

「ご飯がね、ピンクになるの」

って。



母は「あら、そうだったんだ。」

「気をつけるわね」

と。



肝心のね、

ご飯がイチゴ味で嫌だ、とはいえなかったの。

何でだろうね。



そして次の日の弁当の時間。



弁当をおそるおそる開けてみた。

イチゴは入っていた。

ラップに包まれて。



でも…



さすが私の母…

包み具合が甘すぎる。



ものの見事に滲んでいた。

イチゴご飯、何も変らなかった。



確かその時、私は泣いたと思う。

弁当箱を開けて、イチゴご飯になっていて。



母には意を決して言ったのに、

またイチゴご飯になって・・・。



そんな幼少期を過ごし、そして今の私がある。



^^

どこがビッグなんだ?



ちっちゃくて、言いたい事も言えない、

おこちゃまのまま私は大きくなっちゃったんだ。



だから一から積み上げればいい。

そんな自分でいいじゃないか。



いきなり満点を目指す事はできない。

少しづつ取れる点数を増やしていこう。



小さい自分を知れば、

それを取り除いて下さい、と神に祈る事ができる。



「こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備が全て整った」




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