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大事な時に自分の話をしたくなったらまず祈る事。

随分ご無沙汰しております。
母の近況ですが、あれから一度退院し、その後体調整えるためにもう一度入院し明日退院します。
そして再来週手術するのでまた入院、その後は予後を見ながら退院という流れになっておりますです。
本人の現況は至って元気で、ここ4年で一番顔色が良いです。
4月末の事を思い返せば今は望外の展開になっており、まだハードルは残っているもののとりあえずほっとしています。

私の近況は、ここ2週間ほどは母のあんばいもよかったものですから一人暮らしを満喫していました。
仕事の方は会社の引越しがこの週末と来週にかけてあるのと、担当業務上でいくつかの問題点が出てきたのでその対応に多少苦慮しているのと、まもなく四半期決算の第1期〆なのにまだ契約内容未定のものが沢山あるということで、それらのストレスからくる食欲増進による体重増加のために思い悩んでいる毎日です。

あとは特に変わりも無く、毎日時間が流れていっています。

さて、タイトルに書いたことは自分も散々やってきたことなので少しだけ書きたくなった事です。
相手に聞かれていない、そして聞かなくてもよい話を自分からしたらね、
「正直に話せてよかった。後は野となれ山となれ。」と自分はすっきりするかもしれない。
でもね、
聞いた相手はその時から聞いてしまったという責任を背負う。
仮にそれが自分の職業を決めるようなとても大事な場面であれば、相手のその責任はとても大きなものになる。
過去にそのような事を起こした人間を雇ってまた同じ事をされたら・・・、という思考が働くのは自然な事。

だから、聞かれたら話す、聞かれていないことは話さない。
どうしても受かりたいと思えば、相手が求めてるものに限りなく添えるようにする。
言葉を変えればそれが自分のやる気であって、それと同時に自分に接してくれている相手への最大の配慮になります。

私が過去に自分の話をしてしまった時は気持ちが逃げている時でした。
「過去にこんな事をしたけれど、それでもやとってくれますか?」という気持ちでした。
仮に過去の話をしなくてはならなかったら、過去はこんな事をしたけれど、もうしません!と言えないとものになりません。
BBの話をするならやってしまうのかどうなのかに意思の力は役に立たないといっているのだから、もうしませんという意思はうそでもなんでもないでしょう。
話そうが話すまいが、自分の手を離れてしまった問題を、関係の無い相手に話していったいどうする?
言おうとするその気持ちの元を考えてみて。
ほんとはどうなんだろうか、と。
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GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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