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とりあえず規格には合いましたよ、って事なんでしょう。

昨年11月に受けた試験は昨日合格発表があり、予想通り合格していました。その合否通知が本日届いていました。
300点満点で218点。(180点以上で合格です。)記述の点数はほぼ予備校の採点通りでした。
択一が易しかったので記述の採点が厳しくなるかも、という話もありましたが自分の点数を見る限りそうではなかったように思います。

自分的には法令科目で8割とりたかったのですが、7割8分しかとれなかった。
これだと夏の試験は厳しいなぁ。。。
はぁ、厳しい。

次の試験の事はさておいて、行書については簡単ではないけれど、間違った勉強をしなければ多分誰でも受かる試験だと思う。
自分的には行書の本分は正確な書類を作成することだと思っています。

その趣旨から考えると試験で合格者に要求している規格は大分低いと思う。
民法にせよ会社法にせよ、もう少し出題数や設問内容を考えた方が良いと思う。
現状の試験合格すればそれで業務として定款作成できる、書類作成ができる、相談業務できます、なんていうのはどうなんかな。
研修で補うとかいうよりも、それ以前にもう少し深く勉強しないといけないと思うよ。

書類の作成に近現代史とかの一般知識は不要。趣旨を把握させるのであれば司法書士試験の推論問題のようなもので十分じゃないのか?
権利義務に関する書類を作成できる、という業務はとても守備範囲が広い。だから業務が広がっていく可能性がとても見込めるし、それと同時に多様な可能性に対応できるようにしっかりとした法的基礎知識を身につけなければいけないはずなのに、何かピントはずれのような気がしてならない試験だな、と。
求める業務に見合った規格を定めないと成長は望めないでしょ?、と。んなことを思いました。

ところで某社の2次試験の方も何を間違ったか合格してしまいましたので、この春から会社員になることになりました。
もう会社員になる事は無いと思っていたのですが、ありがたいご縁ですので精一杯働かせていただきます。
専門職の募集でしたので今勉強している事と今保有している国家資格がそのまま役に立ちます。

やっぱり国家資格は持ってて邪魔にはなりません。
特に宅建、もっててよかったです。
一番最初に何気なくとった資格でしたけれど随分こいつには助けてもらいました。
未来への展望を持っていて、そのために資格が必要なのだとしたら迷わずチャレンジしてください。
今年の行政書士の合格者、最年少は17歳2名、最高齢は73歳で4名もいたそうです。
問われるのはやる気のみです。そしてやる気を持続させるものはそれを必要とする理由を理解している事です。
継続する行動には理解が不可欠で、これは前回の記事で書いたとおりです。

社会からドロップアウトして5年が経ちました。
5年経ってようやく目どころがたってきましたが、今振り返ってみればもったいない時間でした。
職も家族も家も無い状態からのリスタートは、誰にもお勧めできません。
様々なものを失う事は底つきではありません。
底つきとは病気の本質、即ち肉体的渇望と精神的欲求の二つが病気の正体である事を理解する事をいいます。
それを理解するのに職も家族も家も失う必要は全くありません。
それこそピントのずれた話です。

病気の正体を人に伝え、それをその人が理解すればそれが底上げという事です。
それは可能であることが12&12には書かれています。
「ところが驚くべきことに、それから数年で、事情がすっかり変わった。
まだ元気で、家族もいて、仕事も失わず、そのうえガレージには車が二台もある、といったアルコホーリクたちも、自分のアルコホリズムを認めはじめた。
この傾向が広がって、まだほとんど潜在的アルコホーリクと言ってもよいような若い人たちも加わった。
この人たちは、私たちが通った、文字通り地獄の十年ないし十五年を経験しないですむようになった。」P32

特に私のようなじぇっとこーすた人間はこれを伝えられるようにしないと、です。
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ステップ1 意欲の源泉は理解

理解が伴なわない行動は継続できません。
それは理解が不十分だと行動する意味がわからないからです。

行動当初は決意もやる気もみなぎらせていたものの、ある程度時間の経過と共に決意は薄れやる気も減少し、しまいには「あれ? 私は何故こうしたんだろう?」となって自然消滅する、というパターンです。
俗に言う三日坊主という奴です。

当たり前ですが人は自分にとって必要な事を行います。
催してもいないのにトイレには行きませんし、タバコを吸わない人間は灰皿を探す事はしません。
そしてトイレに行く、灰皿を探す、という行動は明らかに理解を伴なった行動です。
理解とは行動しないままでいるとどうなるかを納得しているという事です。
催したのに灰皿は探しませんし、タバコを吸いにトイレには行きません。
だから途中で「あれ? 私は何故ここにきたんだろう?」とはなりません。
そしてその目的の場所を探し当て、用を足す、喫煙をする、という欲求を満たす事ができます。

少し極端な例を上げましたが、行動を継続させるにはそれをやる意味を理解する必要があります。
ここで話をステップに移しますが、ステップも全く一緒でステップをやる意味を理解していないと、ステップが途中で失速して止まります。

例えば棚卸しや埋め合わせを行う目的は何でしょう。
その行動を起こすことでどうして賭けない生き方を過ごしていく力になるのでしょう。
なぜ棚卸しをしなければいけないのでしょう。
なぜ埋め合わせをしなければいけないのでしょう。


少しわき道。
ステップは行き着くところ独学だと私は考えています。
ステップワークでスポンサーと一緒に過ごす時間は勉強で言うところの学校の講義と一緒です。何も知らないものが一番最初に取り掛かるはじめの一歩です。受身で教えを吸収するところです。
独学とは学習を受けた後に、自分から知りたい、興味がある、知識を身に付けよう、と主体的に学ぶ大人の勉強です。
ですので独学には目的があります。そうしなければいけない必要がある事を理解した人間が行う勉強です。
この勉強は容赦ない厳しさと難しさがありますが、その反面継続していく事がとても楽しく嬉しいものでもあります。
わき道終了。

ステップが途中で失速するのはステップ1の理解が不十分だからです。
ステップ1が納得できれば、ステップを行う事が自分にとって必要な事になります。
やってもやらなくても・・・ではなくて、そうしなければいけなくなります。

一度賭けたら止まらない事、そしてそれを分かっていながらまた賭けてしまう事、その両方が病気の正体です。
これが私達とその周りの人達の人生を破壊したもの、です。

一度賭けたら止まらないは「肉体的渇望」、分かっていてもスリップするのは「精神的欲求」です。
病気の正体はどっちか、ではなくて、どっちも、です。
スリップするのは病気のせいです。だからあなたの落ち度ではないし、だから今後もあなたはまず間違いなくスリップを防げません。

「賭けていない時の強迫的ギャンブラーは落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であって、賭けていっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。」
これが本に書かれている賭けていない時の強迫的ギャンブラーの基本状態です。

こんな状態ではなかったですか?スリップする前は。
もしギャンブルが今止まっているのであれば今はこの状態ではありませんか?
賭けていない時、という条件しかついていませんから止まって1日でも5年でも10年でも関係ないです。
職場で、家庭で、学校で、あなたは日常で落ち着きが無かったり、いらいらしたり、不機嫌であったりしてませんか?
この状態が続く限りスリップは防げないし、この状態を自力で改善する事もまあ無理でしょう。

ステップ1は病気の正体が精神的欲求と肉体的渇望である事をあなたが納得する事を求めています。
この病気の正体に納得する事が底つきです。

繰り返しますが、賭けていない時の病気の症状が「落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であって、賭けていっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。」です。
私たちはこの病気にかかっている患者です。
この状態を自分で脱せないからスリップは私たちのせいではなく、かつ私たちの手に負えないものなのです。

とすれば理屈から言えば「落ち着きがあって、寛容であり、機嫌がよければ、ふっと楽になる感覚を再び体験せずに済むようになる」はずです。ハンドブックには性格を変えていくことによってギャンブルをやめることができる、と書かれています。

私たち自身ではこの状態から脱する事は無理だったけれど、私たち以外のモノの手によれば賭けていない時に平穏な状態にいさせてもらえるかもしれない・・・。
力が無いのが問題だから、力に解決してもらう。
これがステップ2です。力とはハイヤーパワーというやつです。

ここから3、4とステップは順番どおり続いていく訳ですが、ステップ4・5で明らかになるものは私たちが「落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であった」ものの原因です。
これらを特定し、取り除く事ができれば、私たちはその時はじめてスリップから解放される、という理屈です。
私たちがステップを実践し続けていく事でハイヤーパワーが何時の間にやらそれを取り除いてくれます。

というような事で永続的な賭けない生き方を実現する為にステップは行います。
自分以外の誰かの寿命で賭けない生き方が左右されたり、ステップ自体に消費期限が設定されていたらあなたもあなたの周りの人々も困るでしょう?
他の誰がどうなろうと自分の命続く間、常に自分が頼れるものがハイヤーパワーです。だからこそ永続的な取り組みが可能なんです。

時間の移り変わりと共に家族構成も私たちの年齢も変わります。
今は若くても50、60代になった時に、親もいない、配偶者もいない、子供もいない、友人もいない、働き口もない、と自分がなったら・・・というような予想を立てたことがあります?
自分にはそんな事はおこらない・・・・・・でしょうか。

今の自分が今の生活を続けていって1ヵ月後、2ヵ月後、半年後、1年後には、一体どんな自分になっているか想像できますか?
大体は想像通りだと思います。
それでよければ今のままで何も困っていないという事です。
その困っていない方が、それでも棚卸しをしたり祈ったり埋め合わせしたり、そこまでする必要がありますか?という事です。

「AAに来るどんなアルコホーリクでも、まず自分のどうしようもない弱さとその結果を全部受け入れなければ、何もできない。
そこまで謙虚にならなければ、その人の飲まない生きかたは(たとえできたとしても)あやふやなものでしかない。
本当のしあわせと言えるようなものは見つかりっこない。
これは、ぼう大な経験によって証明されつくしたAAの生きかたである。」12&12 P30

理解なき行動は継続しません。
ステップ1を本当に納得していますか?

本年の抱負

去年の同時期の記事を見て私は風邪を引いていた事を思い出しました。
それから一年後の今は嘔吐下痢症に罹患しています。
どうして私は年の初めに体調不良を引き起こすのだろうか?

今はかなり回復したのですが発症当日の夜はそれはそれはしんどかったです。
上と下からほぼ同時に襲われると人はパニックになるという事を今回は学びました。
お気をつけ下さいませ。

さて、昨年に引き続き本年の抱負を書いておきます。(やっぱり書いておくと良いです。去年の記事を見たらその時の気持まで思い出せました。)

今年の最重要課題は夏の国家試験突破です。これに受かればもう試験勉強しなくて済む。難易度特Aだががんばれ。
来年の今頃は研修を受けていられますように。
近々の目標は就職活動の方で、ES・一次と通過した某社の二次選考がありますのでそれの突破です。
その二つの結果次第で稼げる時期が変わるので今のところはそこまで。

こっち関係では1から12まで相手に分かるようにステップの説明をしたいので、ステップの勉強をしたいと思います。
特にステップ1についてはもっともっと理解してもらえるようになりたいです。
相手に伝わる事は自分が判っている事の10分の1程度といいますので、伝えるためには勉強しなければいけません。
講義は新視点を得ることが出来る場なので、本年後半には動ける範囲で動きたいです。

2014年は自分のこれからの10年、20年の生活のための基盤の年となりますように。

presented by 地球の名言

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よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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