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足らざるを知り、困しむを知る。

「2013年はどうか今持っている目標を達成することができますように。」
昨年末の記事の中で私はこう書いていました。

昨年末に持っていた目標については合格発表待ちの状態ですがほぼ達成しました。
そして今は昨年末にはなかった新たな目標を持っています。
2014年はどうか今持っている目標を達成することができますように。

目標を持つ事は大事なこと、その実現の為に行動継続する事はより大事なこと。
そのようにただ書くだけなら簡単なのですが実際は難儀な事ですね。
賭けていない時の強迫的ギャンブラーは落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であって、今取り組んでいる事を全部いっぺんに投げ出してふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられなくなる、です。
継続できない事もまたステップ1。であればどうか実行する力を与えてくださいと祈ればいいと思って祈ってきたのですが、私の近況から見ると今のところそれで正解だったようです。

自分の性格を少しずつ変えていくことによって、ギャンブルをやめることができる。
どうして性格?とずっと思っていましたが、ほんのちょぴっとだけ理解できた気がします。

しかしながら・・・、そうやって理解できるにつれていつも思う。
「学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困しむを知る。」
法律もステップも勉強すればするほど自分の未熟を知る。そして判っている事だけでも人に教えようと思えば意に反して説明に窮する自分がいます。その事でさらに自らの未熟を知ってしまう。
いっぱい勉強して今より少しでもよくなりたい。そしていつかはウィンウィンの関係、すなわち「自利とは利他をいう」という言葉の意味を知りたい、実感したい。向上したいです。


「何としても二階に上がりたい、どうしても二階に上がろう。
この熱意がハシゴを思いつかせ、階段を作りあげる。
上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からはハシゴは生まれない。」
松下幸之助のこの言葉がとても好き。

かの第九もそれより未熟な幻想合唱曲から生まれた。

幻想合唱曲(交響曲第5番「運命」と同時期の作曲)


交響曲第九番


楽聖ベートーベンの思いの強さはハシゴでも階段でもなくエレベーターを作ってしまったようで。すごい!

さぁ、来年も前のめりでいきましょう。
少し早いですが本年の更新はこれで終了します。
2014年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

皆様 どうぞよいお年をお迎えくださいませ。


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step12 スポンサーとしての自覚と責任

今年の1月から月1で書いてきたステップもあっという間に12番目まできちゃいました。
で、来月になったらまた新たに1から書きますので引き続き宜しくお願いいたします。

「私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力を続け、このメッセージをほかの強迫的ギャンブラーに伝えるように努めた。」
ですので2つのことが書かれています。

①ステップ1~11を私たちのすべての事に実行しようと努力を続ける、というのは前半部分から、
②ステップ1~11までをほかの強迫的ギャンブラーに伝えるように努めた、というのは後半部分から、それぞれ導けます。

ですので12に書かれているのは、
①ステップを毎日継続して実践する(すべての事に実行しようとすれば当然そうなる。)
②他の強迫的ギャンブラーにステップを伝える
以上二点に努めろという事です。

ステップのとても優れているところは、再現性を保持しつつ受け渡しが容易であるところ、です。
簡単に言えば料理のレシピのようなものだということです(この業界ではメジャーな例え方です。)
レシピに書かれてあるとおりに調理すれば誰が作ってもほぼ同じものができます。
受け渡しはレシピが記載されている紙とかwebのアドレスを教えれば、再現性を損なうことなく受け渡し可能です。

ステップはビックブックに書いてあるので、ビックブックがあればステップは実際に行うことができます。
最初の100人、まじGJ。

でも実際は本だけでは厳しいです。
理論的には本だけあればステップは実践可能※ですが、書いてあるレシピが「たまねぎをみじん切りにしてみましょう」程度の容易なものではないので、ステップの経験者と共に行うのがほとんどです。
※ステップ5・9では自分以外のだれかの関与が必須ですが、ステップ5では自分以外の誰かが自助グループのメンバーである必要は無いですし、9は自分が傷つけた方への埋め合わせですので本を見てやる気があれば出来る事になります。

ステップの初心者がステップの経験者と共にビックブックに書いてある通りにステップを実践すること、これをステップワークと私は言ってます。
経験者はスポンサー、初心者をスポンシーと呼びます。

ここでちょっと脇にそれますが、私が今日までステップワークを行った・行っているメンバーは、ある程度グループに通うようになって時間が経過している人(おおよそバースデーを一回以上迎えている人)のみです。
ビックブックに書かれているようにすぐにステップを実践しようという流れにはなっていないです。

私に依頼してきた人々に共通しているのは、ギャンブルが止まっている状態にも関わらず、何故か自分に落ち着きがなく、いらいらが強く、不機嫌であることに程度の差こそあれ疑問をもった状態だったという事です。

要するにステップ1についてわずかでも理解し始めた時に、仲間たちはスポンサーを求めるらしいという事です。
力が無い事が問題なのですが、その問題を理解するには情報が必要です。ビルがDrボブに伝えたように問題の本質を伝えないといけません。

回復の最初の段階のステップを案内するスキルを失っている(緑本P11)とはこういう事で、しかもそれが自分自身のステップワークを通して気付かされるとは思いませんでした。

その後、今からでも出来る事はやっておこうということで今年の夏か秋ごろから、最初に告知した上で自分なりに伝えたいステップ1の話をステップミーティングの度にするようにしています。
私の顔を見ただけで話の内容を思い出せるくらい、繰り返し話を続けようと思ってます。

ホームグループでは自分の居心地のよさを第一にして仲間に悪印象をなるべく抱かせない立ち居振る舞いをしてきたつもりでしたが(ほんとか?と言う仲間の声が今私の頭に響いたけど気にしない、気にしない。)、ま、いいやー、という事でベラベラ喋るつもり。
それと同時に主に自慰の場所であるここでも、自分なりに理解したステップ1については書くようにしています。今後もそうします。
書くだけ書いて少しでも興味を持って近くのGAに行ってもらえたとしたら、それは私にとってはすごく嬉しい出来事です。

さて、話を戻してほとんどの場合はスポンシーはスポンサーと2人でステップワークを行っていきます。
経験者が付き添いながら行うので、本だけを頼りに一人で行う時よりもレシピ通りの結果がでやすくなります。
この辺は行政庁への申請に少し似てるかな?

まもなく確定申告の申請時期になります。
あれっておおざっぱに言えばこの1年間、所得があった人が所得税額を申告納税する、あとは所得税を納めすぎたので還付してくださーいという申告をする事だったと思う。
税務署に出頭するか最近はPCで電子申請も出来るけれど、正直書き方がよく判らなかったりして用紙に記入漏れがあったり添付書類の不備があったりなどしたら申告を受け付けてもらえなくなります。

一人で手続きを行ってしまうと書いてある通りにやっているつもりでも、実際は全然手続きに沿っていない、という事はままあることです。慣れていない作業であればなお更の事です。
そこで事前に税務署に問い合わせをしたり、税理士の無料相談を活用して申告書類を仕上げれば、申告は無事終了できるでしょう。
そうすれば回り道をすることなく目的の状態に到達できます。

スポンサー・スポンシーで取り組むステップワークも一緒です。
ステップは1から12までの順番がふられている一連の手続きなので、スポンサーがいる事で手続きの適正をある程度担保してくれます。

スポンサーは先導役です。
先導役があれもわからん、これもわからんで共に迷走したのではスポンシーが可哀想です。
申告方法がわからず税理士に相談したら「( ´ー`)オラヨクシラネーダヨ 税務署行って聞いてください。」と言われたらどうでしょう。

スポンサーをやろうとする人は、自らの能力担保の為に、ビックブックでも赤でも緑でも12&12でもなんでもいっぱい読んで、いっぱい勉強すべきです。
分からない事は調べる、聞く、何でも出来る事はすべきです。
スポンシーはみな真剣です。
自分がステップをやろう、教えてもらおうと思った時の気持はどのようなものでしたか?
その気持をあなたのスポンシーになろうとする人も同じく持っているのです。

スポンサーはステップワークを行う上でスポンシーに倍するような気付きを得ます。
自分なりにできる事を誠実に行っていきましょう。

そして12の前段に書いてあるとおり、毎日ステップを実践してお互い日々成長していきましょう。
「プログラム・フォー・ユー」、つまり、あなたのための回復のプログラムは、代わりに誰かにやってもらうことはできない。あなたが、自分でやるしかない。(プログラムフォーユーP189)

求める意味

何かをする時は「どうしてそれをするのか?」という自分なりの意味を考えたほうが何かと良いです。
例えばセミナーに講師を呼ぶのであれば、どうして講師を呼びたいか?、講師を呼んで話を聞いて自分は何をしたいのか?を考えてみてほしい。

勉強になるから、先生の話から新しい知識を仕入れられるから、という根拠は何回も聞いた事はあるんですが、そういう事を言うわりには言った本人が講師の講演中にその話をメモにとったりしているのを見た事が無い。

聞いただけだと話した内容なんてすぐに忘れます。
9月でしたっけ、東京の著名な臨床心理士の先生がこちらで講演をしてくださったのですが、その時に実際に聞かれた方、もしこのブログをお読みでしたらその時の講演の内容、覚えてますか?
そして先生はあの日どんな服を着てたか覚えていますか?
あの日先生は眼鏡をかけていましたか?

内容は事務所のミーティングルームの話からグループの話、EMDRやDVの話、相手をケアし弱体化して支配する○依存の話、母との関係、そこからACの話、という大まかな流れでした。スーツは黒か濃紺でしたでしょうか?(これはうろ覚え)、眼鏡はかけないで首からさげておられました。

私はあの日はかなり前のめりで聞いており、最初から最後までずっとメモを取っていましたので、そのメモを見ながらこれを書いています。

第一回の東北の集いの時は、東北の仲間達と一緒に風呂に入って飯食って、朝から晩まで話をずーーっとしたかったので、その目的実現の為に集いは強迫的ギャンブラーのみで開催しました。

あの時は講師に話してもらう時間を割くぐらいなら仲間の話を聞きたかったし仲間のスピーチの時間を極限まで確保したかった。時間さえ許してくれれば参加者全員にオープンスピーチをしてもらうつもりで、あの時は仲間と相談しながらスケジュールを組みました。

ま、私的には今現在、ある考え方から様々なDrの話に興味があるので機会があればいっぱい聞きたいです。

自らの意識が違うと相手が話している内容を理解する度合いもまるで変わります。
理解しよう、吸収しよう、と思って聞かない限りは話の内容を理解する事はほとんどできません。
なぜなら理解する気がないのだから理解しようがない。
ビックブックを読んでもそうですよ。
書いてある事を理解しよう、そう思って読まないと書いてあることを理解することはできません。
なんだか書いてあることが難しくって・・・というのは本に書いてあることを本に書いてある通りに理解しようと思っていないからです。
自分の好きなように、読みたいように読もうとすれば、難しく感じるのは道理です。

また、スポンサーシップなんてものは、スポンシー君の側にやる気が漲っていればその時点でスポンサーシップはほぼ成功です。
教えを請おう、としている人間は相手の言う事を懸命に理解しようと努めます。知識の吸収に前のめりなんです。
その場合、スポンシー君はスポンサーに対して最大限の配慮を実行します。
約束の時間に遅刻しない、相手の言う事に素直に従う、課題を課されたら実直に行動する。
これなんてもうその時点で霊的なのですから。

スポンサーはこういう時はそれにただのっかればおkなだけ。
スポンシーの献身的な協力なくしてスポンサーシップは機能しない、私はそう思ってます。

スポンサーさんが頑張んなきゃいけないのは、スポンシー君にやる気が漲ってない時くらいのものです。
そん時はスポンサーさんがやる気を漲らせて、そして高度な善管注意義務をもってスポンシー君との共同作業にとりくめばよい。

いずれにせよ、意味づけを考えるという事は、「今自分がやっていることにはどんな意味があるのか。」という事を意識する、という事です。
何でもかんでも意識するのは少し疲れてしまいますが、意識しないよりは意識した方が全然良いです。
毎日の生活に変化が出てきますから。

ハイヤーパワーは私たちが求めない限り、性格上の欠点や短所を取り除くことはしない。(プログラムフォーユーp153)
私たちが求める、というのは別に相手がハイヤーパワーであるかどうかや、性格上の欠点や短所を取り除く、といったことに限られてはいないという事です。

presented by 地球の名言

プロフィール

よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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