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同輩募集中

このブログを書き始めて4年と4ヶ月になりました。
書き始めの頃は、ギャンブルが止まって間もない同輩達が雨後のタケノコよろしくこの世界には湧いて出てきていましたのでブロ友さんを作るには事欠きませんでした。
しかし2年も過ぎる頃になるとその時の仲間達はほとんど消えてしまい、今現在でも更新を続けている人となると片手で数えられる人数しかいません。

それに伴い覗かせてもらうブログも少なくなる一方なので、少し同輩を増やしたいなぁと思ってはいます。
同じ状態、とでもいえばいいのか・・・。
ビギナーはビギナー同士の方がより共感が得られやすいのと一緒で、4年前後止まっててプログラムも自分なりにやってるよー的な立場の人を複数人発見したい。

とはいえそう思うだけで実際は探していないので何も変化はないのですが。
リアルで会う人達に「ブログ見てるよ」とは言われるのですが、「私も書いてみるよ」と言われた事は一度もないし。
もし私のブログだけ一方的に見てて自分のブログの事を公表していない人いたらずるいお。
その場合は一報入れるべし。おこんないから。
でも大体はそのくらいになってくるとリア充してたり、記事を書くことの意味やその根拠にくる気持ち、あとは謙遜さかな、色々考えた結果としてここで何か書いたりとかしないから順調に行っている方ほどこういう世界からは縁遠くなっちゃうのですよね。

だから私のような自己主張が人一倍激しい人間だけがこういう場所で在庫品になっていくのでしょう。
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step6は一人根競べ

6月なのでstep6です。

5までを終えると前にも書いたように自己開示による開放感を感じる事ができます。
そのカタルシス的なものに浸る事ができる時間は結構長いのですが、step5の主たる目的である自己分析を終えたら、自己の欠点を直すために具体的な行動を起こしていかないと一向に問題を解決する事はできません。

自己開示は単に部屋の換気をしただけで、ゴミは溜まりっぱなしだという事を忘れてはいけません。
ゴミを溜めてしまう自分の心理について、ゴミを溜めてしまう大元の原因について分析したのであれば、今度はゴミを溜めない新たなパターンを起こしていかなければいけません。
ゴミを溜めない新たなパターンなんて一体どうしたらいいのか、と思い悩むかもしれませんがそれはしごく簡単な事ですので実行しようと思えばすぐに実行できます。

今までやっていた事の反対の事をすればよいだけです。
悪い事をして謝れなかったなら、悪い事をしたら謝る。
挨拶ができないなら、挨拶をする。
話しかけられないなら、話をする。
ゴミを溜めるパターンの反対をすれば、当然ゴミは溜まらんのです。
まずはこういう事をするだけです。

簡単に書きましたけどね、実際やろうとするとこれは結構エグイ事です。
分かっていても、変えなければいけないと思ってはいても、実際何も出来ていない。
挨拶できなかったから、話しかける事ができなかったから、謝る事が出来なかったから、だから今の自分になっている事は分かっているけれど、今でもうらみに思っていて自分の行動を制限されていることも分かっているけれど、でも変えられない。

自己開示のカタルシスが消えた後にそのように感じる日々が続いているのなら行動を起こすべきです。
神頼みといいますけれど、神様は頼まれなければ向こうからは動いてくれませんよ。
自分から動かない限り、何も変わりません。
大人と子供を分けるステップといわれる所以はここにあるのだと思います。

自分が動かないと、誰も何ともしてくれないのです。
家族だって友人だって仲間だって神様だって、本人が動こうとしないのであれば何もできないのです。
自分の問題を解決するのは自分しかいないのだと、腹くくって、怖気づいても立ち向かって、凹んでもそれを乗り越えて、少しでもよくなりたいと地道な改善を続けていくしかないのです。

自分の力だけで改善できなければ、その時に手をあわせて祈ればいい。
謝る事ができないのであれば、どうか謝らせてくださいと、そう祈ればいい。
謝る気持ちになることができないのであれば、どうか謝る気持ちを私に与えてくださいと、そう祈ればいい。
話しかけることが出来ないなら、どうかどうか一言でも話しかけられるように、それが叶わないならせめて笑顔で会釈する勇気だけでも私に与えてくださいと、そう祈ればいい。

そのように自分が求めれば、自分が真摯に求めた分だけ神は必ずそれを叶えてくださる。
今までやっていなかった事をやってみれば、違う結果が出てくるのは道理でしょう?
その違う結果を見て、周りは徐々に態度を変えてくれるものです。
そして誰かが何とかしてくれると思っていた時には一向に与えられなかったものが、気付いたら何時の間にか与えられていた、という事も実際に起こりうるのです。

5で突き止めた自分の欠点、それに対し抗すべくも無い自分に気付く。
動くべきか、動かざるべきか、日々悶々と過ごし、結局勝てない根競べから脱出できるかどうなのか。
脱出する前にまたステップ1に戻ってもいいけれど、再度の棚卸しとステップ5でまたカタルシスを得ようとするのであれば、それは強迫観念が姿を変えたものだと思ったほうがいい。
逃げるな、逃げるな、逃げるな。
足がガクプルいっててもいい。怖くて震えててもいい。逃げるな。
今まで逃げてきたのだから、その反対の事をするんだ。
step6はそういうところ。

最近感じたあれこれ

とある国家資格の取得を決心して、この春から資格受験予備校の講座を受講しています。
今夏の受験はあまりにも無謀なので目標は来夏に設定し、そこから逆算して時間配分をして目標を設定して勉強しています。

試験で問われる事は大雑把に言えば「条文や判例を根拠に物事を判断する」という事で、極論「そう思うのはどうして? 根拠はなに?」と聞いてくるわけです。

問題が読めて聞いていることが分かると、それを判断するための知識と考え方が無い事に気付きます。
今は一問一問、自分の思考行程と根拠知識を紙に書いて問題を解析しています。
紙に書いて分かった事は間違った時は根拠の無い思考過程を辿っている事でした。

良い時
①この人誰だっけ?

②名前は?

③お仲間?

④どこの人だっけ??

⑤あー、前○Gの元落ち武者さんね・・・と普通であればいくところ、

根拠無し時
①この人誰だっ・・
2009033101.gif


誰だっていいじゃねーか。あなた○馬のSさんじゃね?? Sさんだよね? うんそーだそーだ。随分太ったね。

実際こういう間違いをしています。(久しぶりにAA使った。こんな時間あるなら勉強しろよってね)
そして間違う前にはあやふやな知識で判断している肢がある事も分かりました。

今はやる夫が脳内劇場に出てこないようにする事が大事なので、思考過程をきちんと踏む事を徹底しています。
知識はそれと並行してくっつけています。

こういう作業、勉強でするのは初めてですが、間違えるパターンが見えてくると何故か嬉しくなります。
これを潰していけばいけるかもしれないという期待もありますが、間違いを見つけてそれを修正する作業自体が単純に面白いのです。
もしかしたら勉強ってこういう事をすることなのかいな?と不惑にして初めて感じるこのドキドキ感(笑)ってな感じです。

最近講義を聴くというのは勉強する時間ではないんだな、とも感じるようになりました。
講義は同じ目標に向って頑張っている他の人達の姿を見て安心して、励まされて、危機感を感じて、それでまた勉強する力をもらい、講師の話から新たな気付きと進捗の確認をする、そういう時間。

そうすると講義はミーティングと同義であって、そう思えば勉強はステップと同義であると見ることもできます。
実際やっている中身それ自体は違いますが、流れとしてはほぼ一緒です。

勉強もステップも、段階が進めば見えてくるものも変わってくるでしょう。
勉強もステップも、何が楽しいって言われれば新しい景色が見える事がとても楽しいのです。
楽しいから続ける事が出来る。
ステップも勉強も、私個人の主観ですが、この2つは絶対に嘘をつかない。
続けた分、やった分だけ必ず動くからモチベが維持される。

この連鎖が自分の人生を立て直してくれるのだと思う。
そうして少し心にゆとりが出来てきて後、自分のどこか深いところからお陰様の気持ちが生まれてくるのでしょうね。
ん、話が脱線しましたが、これ以上書くことも無くなってしまったのでこれにて終了と致します。


書いて分析する事&本を読む事

一日の棚卸し。

①書いて分析して問題を発見する。
     ↓
②問題が分かったらその対策を考える。
     ↓
③対策を考えたら実行する。

毎日これの繰り返し。

自分が臭いと思ったら、服が臭うのか自分の体から臭うのか、まず判別すること。

服が臭ければ服を洗濯する、自分が臭ければ風呂に入る。

それでも臭いが取れないならもう一度原因を考えてみる。

体が臭いのに服の洗濯をしていた、服が臭いのに風呂に入っていた、という間違いをしていなかったか。

間違っていたらやり直す。間違っていなくてなお臭いならさらに分析する。

靴の裏に犬のウン○付いていたの発見。

洗ったら臭いも取れて問題解決。

実際はこんな単純に話は進まないが、中身としてはおおまかこんなものです。

現実自分⇔理想自分の間に横たわるその「⇔」、そのギャップの分だけ自分は変化できる。

今のままでよければギャップがない、現実自分≒理想自分なのでしょうからそれでよし。
今のままで嫌な人は現実自分←←←嫌な分だけ離れていく→→→理想自分の状態でしょうから、その分だけやればよし。

このギャップが激しいほどモチベが上がるのだと以前どこかの記事で書きましたけれど、このギャップこそが自分が真正面から取り組むべき問題そのものなので、これが見えれば勢いで良い所までは突っ走れるのかなと感じています。
変化したいと自分から思った分だけ、その人は行動を起こすことができるのだろうなと私は思っています。

案内する方は勉強必須。
現在の目標達成して時間が取れるようになったらこれもがっちり勉強したい。

今の時点ではあれです。
さぼったらダメよ。そして青い本は暇さえあれば目を通してね。
書いてあることが分からないのは書いてあることを自分が分かろうとしていないから。
自分が分かりたい、理解したいと思った分だけ、必ず青い本は応えてくれるので、地道に繰り返す事。
以上です。

presented by 地球の名言

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よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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