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12stepの講習・研修と称して料金を設定しているのはどうして?

自助グループでは本伝え・人伝えで無償で渡されている12ステップですが、回復施設でそれを有料で教え伝えているところがあります。

12ステップが本来あるべき姿、というものがあるのかどうかも私は知りませんが講習料なりを支払わせて教えているところは元々の12ステップに独自の加工を施して、加工完成品として本来の12ステップとは違う存在であるものを販売している、と捉えればよいのでしょうか?
AAは12ステップの所有権を放棄しているらしいので、誰がどう使用しても問題はないようですが。

そのような現状で私個人が不安に思う事は、ステップは自助グループではなく回復施設で有料で教えてもらうものだと自ら回復を願う人達に捉えられてしまうかもしれないな・・・と思う事です。

自らが今やっているプログラムが絶対のもので、自分のスポンサーから受け取ったものこそが12ステップの正統であり、他は異端であって、いかなるものも認めない、と言う気はないし、そう言えるだけの根拠が自分にあるわけでもないです。
12のステップの文言の中にもこれは無償で手渡さなければならない、とかは書いていないしね。

でも何で金とるの?
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軽快

10年ぶりくらいでインフルエンザにかかりました。
就業中、下半身に猛烈なダルさを突然感じて「?」と思いながら業務にあたっていたら、今度は急激な悪寒に襲われてその場で身動きがとれなくなってしまいました。
何も出来ない状態になってしまったのでそのまま職場を早退して内科に向いました。
内科に行く前に少しだけ状態がよくなったので明日は出勤できるかな~、何て思っていたのですが検査の結果はインフルエンザでした。

感染した原因はよくわかりません。
身近に罹った人もいませんし、うがい手洗いは以前のインフル罹患時以来ルーチンワークになっています。
気をつけているつもりでも罹る時は罹っちゃうのでしょうがないですねぇ・・・

ところで前回発症時はタミフルデビューでしたが今回はリレンザデビューを果たしました。
タミフル服用時は熱は急激に下がったものの体力の低下はそのままの状態だったので、何とも体がふわふわとでも言えばよいのか、そんな感じがあったのですが、リレンザはそのあたりがタミフルよりは自然に収束していった感じがします。

とはいえ今回はカロナール錠を飲んでも体温は37℃後半でしたので以前のインフルより熱が高かっただけかもしれません。
発症から3日経ち、やっと熱も収まって食欲も出てきてネットを覗く気になりました。
日頃の健康のありがたみを改めて実感しました。

今年は子供より大人の間で流行しているそうです。
どうぞご自愛くださいませ。

現在地から目的地を示す行程表

今月のホームグループでのステップミーティングのテーマはステップ2。
私がスポンサーからステップを受け取って約3年半の時間が経ちました。
時間の経過と共にステップに対する自分の解釈も変化していますので、あの時はこのように考えていたのかと後から振り返って見る事ができるように備忘録として書いておきます。
※ここに書いてある事は私見ですのでGAの全部や一部を代表した意見ではありません。


ステップ1の要旨は先月の記事で書いたとおりで、問題の本質を知ること、と私は理解しています。
ステップ1では問題が提起された訳です。
問題が分かって初めてそれに対処する事ができるようになりますのでステップ1は大事です。

それでステップ2ではその問題に対しての解決法の提示がされています。
2.自分を超えた大きな力が、私たちの考え方や生き方を正常なものに戻してくれると信じるようになった。
これがステップ2の文言です。

ステップ2の要旨は、なりたい自分に向けての行程表であると私は考えています。
ステップ1の要旨である問題把握は現状把握であり、自分の立ち位置を知るという事、つまりはスタート地点を把握するという事になります。
そしてステップ2に書かれている「正常なもの」とは今の自分が望む「なりたい自分」であり到達目標になります。

現状の問題に苦しんでいる自分からスタート→考え方や生き方が正常であるなりたい自分・理想の自分というゴール。
そのための行程表という「自分を超えた大きな力」が自分に提示された。
そしてその行程表を辿っていく気持ちがわずかでも起こるようになった。
ざっくりですがそういう事だと今は理解しています。

私は今資格試験の勉強をしていますが、年齢的には厳しい条件でチャレンジしています。
自分では厳しいつもりでも、世の中にはもっと厳しい状況でかなりの難関を突破して有資格者になった方々がいます。
その方たちの合格体験談とかを、あ"あ"ーーーという気分になった時によく拝見しているのですがそうする事で力をもらえるのです。
その方たちは私の目標であり、なりたい自分の姿です。
その方たちの体験談は私にとっての行程表な訳です。
自分より年齢も上、学歴も高卒の人たちが合格している。
その人たちの勉強法を真似していけば、その行程表にそっていけば、もしかしたら自分も合格できるかもしれない・・・とそう思えるようになります。

GAで言えば繋がって間もない仲間から見れば年単位のアブスティナンスを得ている仲間は身近な目標になります。
「自分にはできていないのにあの人たちは出来ている。一体どうやったらそうなる?」と思って興味を持ち、その人達の話に聞く耳をもつようになります。
その先行く仲間達の話が行程表となり、自分もそれを辿っていけばこの仲間達のようになれるかもしれないと思うようになる訳です。

「解決はある。私たちは誰も、目標に到達するのに必要な過程の作業を、つまり、自分を点検してみること、思い上がりを抑えること、短所を告白することなどを実行するのを好まなかった。しかしそれをやって本当に成功している人たちを見て、これまで自分たちが生きてきた人生の希望のなさと無意味さがわかるようになった。」(BB P37~)

目標到達まで色々とやりたくない事をしなければいけないので、行程表を提示されてもできれば無視したいところなのですが、そのうちそれを無視できなくなってくるようになるのでしょう。
知らずの間に謙虚さというものがそこで生まれ、とりあえず経験してみないと何ともわからないな・・・という事で次のステップに進むようになるのだと思います。

自分を超えた大きな力というものをどのように受け取るのかは言ってみれば個人の自由ですが、自分を超えた大きな力という見えもしない相手を想像するよりは、今の自分を見つめたほうがしっくりきます。
今の自分より少しでもましな存在があるのであれば、それは自分を超えた大きな力であると考える事もできるからです。

自分の行動から自分の目的を知る

気がつけば2月も中旬になろうとしています。
ほんとに気をつけないと何もしないままあっという間に年だけとっちゃうという事になります。
現状雨露しのげて働ければそれでいい、今日食えていければそれだけでよい、謙遜の気持ちを持ってそう考えられればよいのですが単純にそう思っているだけであればいつか袋小路に嵌ってしまいます。


変えられないもの、変えられるもの、その二つを見分ける賢さは私達には与えられていないのですから、現状これでよし、とジャッジすることは私達にはできないわけです。
因果応報 今自分に起きている事や自分が置かれている環境のほとんどは過去の自分の選択や決断・行動の結果として現れているものであって、神様から突然示されたものではない。
過去の自分の生き方が今の自分を作っているだけであって、今の自分の生活に問題があればつまるところそれこそが自分自身の改善しなければいけない大問題なのだという事です。


そして今の生き方と昔の生き方が何も変わっていなければ、そのまま明日以降の自分の生き方も何も変わらないという事です。
今持っている不安や疑問は年月は解決してくれず、10年後にも同じ問題を抱えたままで生きているという事になります。


その場しのぎの生き方っていうものはすっかり身に染み付いてしまっているようで生半可な事では抜けないものです。
なりたい自分がイメージができればその目標達成の為に考えたり行動したりする事ができ、そしてその過程で霊的な成長がおこり、月日に見合った人間性の成熟が得られるのでしょう。
そういった意味でも、自分なりの目標を持つ、という事は本当に偉大な事です。


人は目的に沿わない不合理な行動はとらないものです。
そう考えると、他人の行動を見ればその人の目的を知ることができますし、自分の行動からは自分の目的を知る事ができます。
自分の目的と自分の行動は合致していますか? という言い方はおかしいかもしれませんが、合致していなければその場をしのいでいるのでしょう。

presented by 地球の名言

プロフィール

よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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