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書くと気付くことがある

「自分のことがきちんとできているならば、必ず答えは与えられるはずだ。」(アルコホーリクス・アノニマス P240)


ビックブックとハンドブックは常に携帯しています。(かばんの中に入れっぱなしとも言う)
今日、パラパラ~とめくってたまたま開いたページが一番最後の240ページで、その中で一番最初に私の目に飛び込んできた文章が前述のところでした。


「きちんと」というところに私は反応していましたので、もし私がきちんとできているならば、今日たまたま開いた見開きの左側にあったこのページではなく、見開きの右側ページから書かれているDrボブの物語を見ていたのかもしれません。


前にも書きましたがビックブックは不思議な本でして、全文約320ページ(文庫版やポケット版の場合)の中で今の自分に対して最も相応しいメッセージが書かれているページがパラパラ~とめくっているとあらわれてきます。
(そうはいっても自分が求めている言葉をたまたま開いたそのページから探している、とも考える事はできますが)


今日も五月蝿が朝からブンブン煩くて、途中胸がキューと締め付けられる痛みを超久しぶりに味わって、途中からはもう一言返事で後は無言で過ごした日中でした。
何でここまで言われなきゃいけないんだろ?とか思いつつ、帰宅して夜になってみるとこうやって思い出しでもしない限りは結構日中の事は忘れています。(朝は行くの嫌だし行けばまた腹たつんだけどね)
私はうらみ深い人間なのに・・・
あまりそういうふうに考えたくは無いんだけど、私が恨みをあまり感じないのは相手が多少なりでも私に気遣いがあるんだからだろーさー


でも・・・、棚卸やって埋め合わせしてみて私は思うのですが、誰かを恨んで恐れるという事は、そうした方が自分は単純に楽なんだよね。
自分の側の問題を棚上げしたまま、人の側の問題を突っつくことができるから。
そうすれば嫌に思っている相手のことをわざわざ自分から理解しようと努力する必要も無くなるし。
相手が悪いと思っていれば、多少なり自分の側に非があったかもしれないと思っても、埋め合わせをする必要も感じないし。
自分にとって、何かを自分にした相手を恨むという事はそれは楽な事。


だから私たちの棚卸表には沢山の人達の名前が上がってくる。
楽した分だけ、逃げた分だけ、名前上がってくる。
今も楽して逃げたりなんだりしていれば、現在進行形で名前が上がり続けてくる。


あ・・・
だからシンドイのか・・・


書いてみてはじめて合点が行く事って結構ある・・・、というか実際に書いてみないと自分で気づかない事というのがいっぱいあります。


アブスティナンスは気持ち良い事ばっかりじゃないっていうのはぼや~んと感じてはいたけれど、何となく今直感的に思った。
多分死ぬまで俺、苦しいままだ\(^o^)/オワタ
でも、これが多分「自分に合わせて人生をひねくり回していたころのようにエネルギーを浪費しないから、疲れにくくなってくる」(P126)に繋がっていく希ガス。


つーわけで今週も金曜日の7時になるまで何とか凌いでいこー(全然分かってない・・・)




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積み重ね、積み重ね、積み重ね。

今日はお休みだったので実家に泊まって9時過ぎに起床。
10時頃テレビを付けたらオリンピックの開会式を放送していました。


私が小学生5・6年の時に開催されていたロサンゼルスオリンピックの折は、世の中五輪一色といった感じだったけれど、あれから25年以上経った今はサッカーW杯等オリンピック以外のビッグイベント等に日本が開催・参加したりで、以前ほどにオリンピックの位置づけが高いものではなくなってきたことや、私たちの価値観がより多様化していった事でお祭り感は大分薄れてきたように感じました。


とはいえ、アスリート達の最高のパフォーマンスを見れるのはやっぱり楽しい。
個人的には先日NHKでやっていたボルトの特番でボルトが脊椎側湾症という病気を持ちながら走っていることを初めて知り、そしてその番組の中でボルトは毎日のきつそうなトレーニングをこなしながら、自分は伝説になりたい、と話したのを聞き、私はとても感銘を受けましたので、ボルトの走りが今から楽しみです。


オリンピックに出場できるような一握りの選手達は、恐らくは今までの毎日毎日の自分の積み重ねを誰よりも信じて、その上で競技に臨んでいるのだと思います。


積み重ねることから逃げて、その時がよければいい、と刹那的に生きてきた私。
彼らの姿に羨望を抱きつつも、今は自分には無理だけどもう少し経てば自分も一芸身に着けて・・・、と行動が伴わない根拠のない夢とも諦めともつかない思いを抱き。


今もそうだけど・・・でもやっぱりね・・・、逃げてはいけない時ってあると思う。
自分のみじめさ、無知、力の無さ、裸の王様ぶり。
これは逃げたら絶対に分からない事。
逃げなかった時に、自分が何かに対峙して踏みとどまった時に、初めて体感できる事。


みじめさを知ったからみじめになるような事をしたくない、無知を知ったから知識をつけようとする、力の無さを知ったから教えを請う、指導に従う。
その心身ともにエネルギーを大量に消費する毎日を、地道に地道に積み重ねていった彼らの姿はだから美しいし、光輝く。


自分も既に不惑になろうかという年齢になってしまったけれど、彼らの背中を見失わずに生きたい。
出場される方々が、どうか自分の力を発揮することができますように、かげながらお祈りさせていただきます。


囲まれて守られて

お陰様で測量士補試験、合格しました。
私にとっては棚ぼたの結果でしたが、国の資格が頂けるというのはありがたいことです。
それと同時にもう後戻りも出来なくなったなぁ…(´・ω・`)とも思います。


ついさっき仕事が終わって五月蝿い人にも「お陰様で受かっていました。」と報告したらそれは良かった良かった、おめでとう、と喜んでくれました。
今日も五月蝿い人は相変わらずのへそ曲がりでしたが。
報告出来る相手が居てくれるという事は私のアブスティナンスの何よりの恵みです。


今日はスリップしようとする夢を見ました。
やる気満々でどこかに向かって行っているのですが、その途中で自分の病気の事を思い出し、やりたいけれどやったらまずい、でももうやりたくてやりたくてしょうがない、と悶々しているのですが、いつの間にか私は見覚えのない友人達と一緒にどこかのファミレスにいるのです。
で、やりたくてしょうがないのだけど友人がいるものだから一人で抜け出す事が出来ず、結局そのままにそこにとどまっていたら、いつの間にか目が覚めていました。


最近…といってもそう頻繁ではありませんが、スリップの夢を見たときは既にもうやっちゃっているパターンしか見ていなかったので、今回の夢は久々のパターン破りでなかなかスリルがありました。


知らぬ間に人に囲まれ我生かされり。



自分探しなんてやめたらええねん

回復かぶれ中(?)の強迫的ギャンブラー本人のつぶやきっぽい


回復かぶれ中(?)の強迫的ギャンブラーを見ての家族の本音っぽい



ふむ・・・
ああやって一人で黄昏てみて自分のプライドを密かに満たし、家に戻れば耳につき刺さる言葉で現実に引き戻される。


私たちが自分で自分のみじめさを作り出したのははっきりしている。(アルコホーリクス・アノニマス)


人から見える自分のみじめさと、自分が思っている自分のみじめさというものは多分正反の関係にあるのだと思う。
今までの人生で後回しにしてきたこと、パスしてきたことのつけはしっかり回ってくるものだ。
そのツケは今払わなくても全然いいんだけど、今パスした分は後に回るだけなので、いずれにせよ死ぬまでには必ず払う事になるのでしょう。
死ぬまでパスしていったらそれに見合う死に方しか多分できないのだと思う。
一人孤独で知り合いも誰もいない状態で誰にも見とられぬ事無く死ぬ。。。・・・なんていうのは絶対に嫌だなぁ;;


毎日毎日、今日一日。
アブスティナンスも、GAも、毎日の生活も、家族との関わりも、仕事も、今日一日を地道に積み上げていくしかない。
今日の自分は生まれてから本日までの積み上げの結果。


「昔、石の上にも三年というのがありました。石の上にも三年、今、石の上にも三年って言ったら、なんですかと、こう聞かれるわけですけれども、昔は石の上にも三年、頑張れと、そして辛いところがあっても頑張って、そして基礎をちゃんと作らねばならない、会社には入ってから三年は基礎を作らねばならないと、そして、これから長い人生の原点を作らねばならないと教えてもらったものでありますけれども、今、若い人に石の上にも三年と言いますと、そういうのは、どういうことですかと、こう聞かれてしまいます。

 やはり原点と基礎を作る時間が、やはりその一番若い時でありますから、この大切さをしっかり考えてもらわねばなりません。私の友人の息子さんが、いい会社に就職したと喜んでいましたところ、半年ぐらい経って、あの会社合わないと、私には向かないと、私がやろうとしていることとは違うんだと言い出したんだそうですが、そして半年後に辞めてしまいます。

 3ヶ月経って、また新しい会社に行くと、また新しい会社でも同じで、あの会社は自分とは合わないと、私がやりたいことは違うと、私を表現できないと、ちょっとこれからもう1回自分探しの旅に出ますと言いながら、長い旅をして、3年間働いてないそうでありますが、どうするんだと、原点もない基礎もないのに自分探しは、ないだろうという風に思いますけども、そういう人達が多いと。

 考えてみますと30年ほど前、40年ほど前ですか、大体55歳ぐらいで定年になって、寿命が60歳、68歳でしたけれども、近頃はですね、大体70歳、75歳まで働いて、90歳ぐらい前後が寿命だということになりますと、ま、やっぱり長い人生のやはりしっかりした基礎を、石の上にも三年築いたほうがいいのではないかと私は思っています。」


NHKの視点・論点で建築家 安藤忠雄氏がこう述べています。


私が今まで3年以上続いたものは小中高の学校と11年居た不動産会社とGAだけ。
3年続いたものはあるけれど、未だに原点も基礎もまるであるように感じない・・・というか、多分無いな・・・


ナンボ探したって自分の背中は見えへんねん、か。

あっという間にじじいになるぜ

昨日一昨日の仕事愚痴ブログ。


一昨日はムカつく事多数で帰る時までムカついて帰る。
帰り道にチャリンコ漕ぎながら祈ったりなんだりして心落ち着かす。
ゆとりが出てきたところで仲間からメールをもらったのでその仲間の所に少し寄って話をして帰宅。
帰宅したら前の会社の同僚達からメール着信。
同僚達に愚痴メール出したら、一人は新しい職場に来月から行くことになった、頑張れ~、一人は今の業務に既に飽きてきた、という返信。
相変わらずこの2人は対照的で面白い。


昨日は午前中、向こうは大声出して人の書類をひったっくる、早口でまくし立てる、をやらかしたので、久しぶりにプッツンした。
プッツンしたとは言え経営者>>>>>雇用者という立場なので、私は無言でただ動く。
もうイイや、気軽に行こう、と初めて思った。
午後はずっと出ずっぱりで一人で役所を回って調査と問い合わせ。
何をとっていいのかもよく分からないので行く先々で聞きながら情報集める。
帰ってきて五月蝿に報告。
報告の内容を聞いたらお疲れ様と褒められた。


私もかなりの変人だが、相手も相当の変人と改めて実感。
感心する事・しない事を見ると、ちっちゃい子供と大人、それぞれが相手にそのまま居ついているようだ。
私もそうだから人の事は言えないが、お互いに病んだ人と思うしかないか・・・
時間が解決・・・というよりは、私の方が執着せずに気を楽にして生活していったほうがよさそうだ。


しかしこの病気を自覚してからというもの、色々な人とご縁を頂くものだ。
自分に残された時間は一体どのくらいなのか、とふと思う時が最近増えた。
父が亡くなった年齢に私が到達するのは25年後。
その時はもう60も半ば。
自分の人生の先には時間が永遠にあるかのように思っていたけれど、もう自分も若くはないのだ。
無駄にはできないな、と思う今日この頃なり。

リンク先を少し追加

リンク先を少し追加しました。(無断)


何か一つの問題があったとしてその問題を解決しようとした時には、そのアプローチの方法は決して一つだけではないと思います。


目の前にお腹を空かしている子供がいたとします。
さて、どうするか?


・水や食料を調達してきてその子に与える。
・その子に食料が買えるだけのお金を渡している。
・119番通報して救急車を呼んでいる。
・何もしないで通り過ぎる。
・その他


簡単に上のように例示してみましたが、どの行動も「子供の状態」によっては取りうる選択肢になります。
誰も腹が減って泣いているだけの子供に救急車を呼んだりはしないし、過度の空腹のよって意識が朦朧として今にも倒れそうな状況の子供にこれで食い物や飲み物を買ってこいと言ってお金を渡す人もいないでしょう。
まして腹が減ったふりだけしているような子なら、何もしないで通り過ぎるだけです。


仮に多重債務の問題にどうしようもなく悩んでいたとして、その解決策を求めてGAに来たとしても借金の問題が片付く事はありません。
GAはギャンブルを止めたいと願うギャンブル依存症者の集まりであり、多重債務をはじめとする金銭の問題を解決する集団ではないからです。
金銭問題に対処したい場合は法律家に相談する事が最も早いし適切です。


かなりすっ飛ばしますが、多重債務や数々の窃盗、詐欺の背後に来るものはギャンブルだったとして、ではそのギャンブルの問題の背後に来るのは依存の問題なのか、発達の問題なのか、それとも他の何かなのか。
これも前述の空腹の子供と一緒で、空腹(ギャンブル)という症状は一緒でも、その子供の状態により対処する選択肢は変わっていきます。


ただし、選ぶ選択肢を増やすためには知識が必要です。
それは色々と小難しい事を覚えなければいけないという事ではなく、「ただ知っている」というそれだけの事で十分だと思っています。
知っていれば調べることができますし、前述の通り調べた分だけ選択肢が増えますので、より今の状態にあった行動を起こすことができます。


今はこのようなインターネットで様々な情報を取得することができますがその情報は玉石混淆です。
ただ今回リンク先に追加した回復施設や勉強会やひいらぎさんのHPは、GAメンバーとしてではなくこのブログ管理人の私個人としてお勧めいたします。


最後に家族や知人・友人と離れ、お一人で困難な状況と向かい合っている方がいらっしゃったら一つだけ心に留め置いてください。
自分の事は自分が一番知っているようで、実はそうではありません。
記憶としては自分しか知らないことはもちろんありますが、今の自分の姿を見、そして知ることができるのは自分以外の誰かです。
相談できるところは今回のリンク先以外にも、市町村の精神保健福祉課とかいのちの電話もそうだしGAもそう。
あなたが思っている以上に沢山ありますよ。


思っていても実行しなければ現実は何も変わりません。
返済する気はあったとしても、実際に返済しなければ債務は減りませんし期日が過ぎれば督促がくるのは当然の結果なのです。
遅れる場合は事前に遅れる旨を相談するだけで、事態は変わってきます。


かくいう私は司法書士に一度債務整理を依頼し、受任してもらってサラ金からの督促が止んだ時、もうこれで自分の問題は解決したと思い(借金さえ片付ければやり直せると)、喜んでまたパチンコ屋に行きましたが・・・

いい休日^^

今の勤め先の休日も前の職場と一緒で原則暦通り。

昨日は実家に泊めてもらい、本日は3連休の初日。



仕事は今週も五月蝿い人のおかげで疲れましたが、それと同時に私にたくさんの気遣いをして下さったのでトータルイーブン(笑)となりました。

感心したのは五月蝿い人が間違えた時に私に謝ってきた事、もう一つは今のところですが週一で提案をしてきてくれる事です。

見習いに対して経営者が謝る、という場面は・・・たぶん私は今まで自分の目で見たことがありません。

当たり前の事を実行できる人は素晴らしいです。

前にも書きましたが五月蝿い人は変わっています。

変わっているけど目下の者に素直に頭を下げることができるすごい人です。(でも五月蝿いのが帳消しになる訳ではない)



もう一つは今週もひとつ提案をしてきてくれた事。

人に何かを提案してくるという事は、その人の事を一定以上の時間をとって考察していないと絶対に不可能な事です。

とはいえやっぱり五月蝿いのですがそれと同時に感心しました。



来週もまた五月蝿いのと感心するのが同時に来そうな気がしますが(笑)、私もそれに対応して努力しなければいけません。

環境が変わって家族も私のことを心配してくれているようで、ずいぶん気遣いを頂きました。

ありがとうございます。

姪っ子と甥っ子の可愛い顔も見られて良かったです^^



今日は地下鉄の定期を買った後に、内業時のYシャツや外業時のポロシャツが必要になったのでアエルの中にあるユニクロに行ってきました。

今日はDRYのTシャツが290円で安かったのでいっぱい買って、ポロシャツやYシャツもやっぱり安かったのでいっぱい買いました。

全部で13点購入、約9000円分を使ってきました。



店内は土曜日の夕方前、そしてセールのせいもあってかかなり込み合ってました。

レジ精算待ちの列は20人くらいはいたのでその間にメールを打とうと思って並び始めたのですが、メールを打ち終える前にレジで精算を開始できました。

私の買い上げ点数は前述の通り13点、YシャツやポロシャツはTシャツのように最初から袋に入っているわけではありませんから紙袋に入れるにはそれなりに時間がかかります。

レジでは2人で対応されたのですが、ユニクロでは値引き商品はレジで一点一点値引き率の手打ちをしていますし、丁寧に点数や品物を確認しながらやっていたので、商品受け取るまでは結構時間かかるだろうと予想していました。



そう思って余所見をしていたら、レジのお姉さんが買い上げ点数と購入金額を言ってきましたので、私は諭吉さんを一人差し出しました。

で、おつりの野口英世さんお一人と一緒に、商品が全部綺麗に入れられた紙袋を渡されました。



!!!!!!!

予定外の出来事に思わず軽く笑ってしまうくらいびっくりしました。

ついさっきまで少しだらしなくなっていたYシャツやらポロシャツやらが、全部綺麗になって袋に入っていて・・・・

多分時間にして私がレジで精算を開始してから商品を受け取るまで1分半も経っていないはずです。



にこやかに「ありがとうございました」とそのレジの2人に挨拶されたのですが・・・



たかが精算待ちの列に並んで精算して商品を受け取るだけなのに、まさか感動するとは思いませんでした。

これはすごい事です。

同じ事が今の私に出来るかと言われれば・・・・

残念ながらその答えは出来るかどうか分からない・・・といった言い訳(最近良く言われる)になります。



その人の考えはその人の行動となり、その人の行動はその人の人生となる。



私、先ほどユニクロにメールしました。

若い二人の女性の接客に感動した事を書き、それから私が学びを頂いた事に対する謝辞を書きました。

成長していきたい、そう強く思った出来事でした。



あ・・・もう7時になってる・・・

ミーティング、遅刻だ・・・・

連投は具合悪い時に起きる現象だ

今回は仕事愚痴。
マイスポンサーが随分きつい中で働いていて大変そうだなぁと思っていたら、何だかスポンシーの私にもそれがうつってしまったようで。


今日は本当にミスが多い一日だったっす。
元々私はミスは多いほうで、それも基本的なことをよく忘れてしまいます。
さっきできた事が今は忘れてしまっていたりとか、事前にミスを見抜いていたのに直すのを忘れていたりとか、そういう事は社会人になってからずっと続いています。


ここ2・3年は、そのミスに対して見直す時間と業務の流れを掴む事で対応していました。
流れが自分の中で把握できれば何をすればいいのか、何を準備すればいいのか、分かるようになります。
また、業務をこなしていけばその経験の分だけ業務中に生じる様々な決断事に対応できるようになります。
例えばこの場合は郵送してもらうように連絡をすればいいとか、このケースならこちらから出向いて受け取りにいけばいいとか、そういう経験の積み上げの分だけ自分の行うべき行動に対して迷いが少なくなってきます。
迷いが少なくなる分だけ自分の心にゆとりが生じてきます。
そのゆとりが見直す時間となって自分に帰ってくる。


退院後からこれが自分のリズムとして生きるようになってきました。
それまではいっぱいミスはするくせに、自分は器用な方で、頭も良くて、エリートでデキル奴!、と信じて疑わなかったのですが、どうも実際はその正反対で、自分は不器用で、頭は特に秀でているわけでも無く、エリートでできる奴・・・は精神病院に入院したりしないからそうではない、という事で、基本あまり出来ない奴という自己理解をしています。


これをするようになってからはケアレスミスの回数は以前よりも少なくなりました。
多分それが今の自分の身の丈なのだろうと思っています。


が、今回は明らかにオーバーワークなのでゆとりが無いのです。
五月蝿いヤッツがひっきりなしに私を呼んでは仕事を言いつけ、その最中に新しい事をまた言っては前の業務を中断させ、仕事が自分のペースで出来ません。
ちなみにここまで五月蝿い人は私の今までの人生で出会った事がありません。
私の就業している様子をビデオに取ったとしたら、その4分の3以上はその五月蝿い人も写っているはずです。


業務の流れも分からないものだから何をするにしても常に不安なので決断ができません。
不安とゆとりのなさから今まであれば問題なく処理できていた事も対応できない。
ま、とにかく五月蝿い人が色々ひっぱりまわしてくれるので私は非常に疲れます。


本日は「すみません」、「まだ業務の流れが掴めていません」、「忘れてしまいました」、と私は何回言ったかわかりません。
で、五月蝿いヤッツはそれをオウム返しに言ってきます。
どうせまた何かをやってミスっても「すみませ~ん」、「よくわかりませ~ん」、「忘れてしまいました~」って言うんだろう?と。


そう言われてムカつくといえばムカつくのですが、確かにその通りなのでしょうがない。
今まであれば私は多分この事務所はもう辞めていてハロワに居るはずなのですが・・・。


でもなぜか不思議な事にそういう気分には今のところなりません。
何くそう、やってやるぜ~、という気分でもありません。
五月蝿い人は基本悪い人では無いです。ただ変わり者です。
私もかなり変ですがそれ以上だな、これは。


今のところは何を言われてももう少し時間を消化して経験を積んでみないと何事も判断ができないと思っています。
結局はここに書いてあるような自分が出来ない理由を色々挙げての言い訳なのでしょう、と人から言われれば確かにそうなのですが、自分からみれば出来ない現状の原因はここにありますので別に言い訳ではないのです。


訓練すれば情報処理のスピードは上がるかもしれませんし、その環境に居続ければその可能性は高くなるでしょう。
自分なりにはそれに期待しているところもあります。
自分のキャパシティが上昇する事を喜ばない訳がありません。
ただ私の処理能力がそれに追いつく事ができなくてどうしようもなくなった時は、その時は自らの限界を認め、気を楽にして生きていけばいいと思っています。
仕事が自分のペースで出来ないから、と私はさっき書きましたが社会で生活していくためには、人や社会のペースに自分をあわせていかなくてはいけません。
今この場を与えられた事にはどんな意味があるのかな。


未来の事はてんで分かりませんが、頂いたご縁を粗末に扱う事の無いよう、今の自分に出来る事はしていきたいと思っています。
こういう悩み(?といっていいのかどうか)を持てるのはありがたい事。
後ろめたい事や人から指差されるような事を毎日毎日繰り返して、そしていつそれがばれるかとハラハラドキドキしていたあの時の自分からは、今のような気持ちをもっている自分が3年半後にいる事なんて想像もできないな(笑)


高慢な言い方だけど一人じゃないからやっていけるというか、周りに自分が生かしてもらっているから今の自分がいるのだと素直に思います。


何か最後は愚痴になっていないような・・・。
ただブログを頻繁に書くときはやっぱり具合が悪い時だ。
寂しいし、構って欲しい、褒めて欲しい、認めて欲しい、そういう時に私はブログを書きたくなります。
いつまでたっても乳離れができない甘えん坊だ。

「アノニミティ(無名であること)」

本当は昨日のうちに記事を書こうと思っていたのですが、先週の金曜日から本日までずっと外泊でPCが手元になかった状態が続いていました。
やっと今日は自宅に戻ってきたので連続になりますが、記事を更新します。


今回の集いの時には複数のミーティングを同時に開催しまして、私はそのうちの一つのステップミーティングの司会をさせて頂きました。
始まる前に、もしごく少人数であればこのテーマ、中人数であればこのテーマ、大人数ならフリーで、とそれなりには決めていたのですが思った以上に多くの仲間が集まってくれたので、テーマはほぼフリーにしました。
かつ所定の時間内に全員が話し終えそうになかった人数だったので、ミーティング自体も2つに分けて行いましたがそれでも時間はギリギリでした。
あまりに盛会だったので司会の私は話そびれてしまいました。


人が少なければ「アノニミティ」、人がまずまずであれば「自分がまだ手にしていないものを人に手渡すことができないのははっきりしている」をテーマにしようと思っていました。


昨年から始まった集いも第二回目の開催を迎える事ができ、次は来年に向けての点が伸び始めようとしています。
今まで10年以上、20年以上、東北のそれぞれのグループを支えてくれていた先行く仲間達がいてくれたから、去年の集いも今年の集いも実現できました。
私達はその仲間達への畏敬の念を忘れてはいけません。


去年、私は色々な役割をさせて頂いて、初めてそう素直に思えるようになりました。
そう思ったら、自分よりも若い仲間達の事を考える時間ができるようになりました。
先人が自分達に渡してくれたものを、私達は次の人達に伝えていかなければならないと、そう思うようになりました。


今年の実行委員をされた方々は本当にお疲れ様でした。
私個人はとても楽しかったですが、皆さんはどうでしたか?
偉そうに言って申し訳ありませんが、失敗や恥ずかしいという思いを味わうことはできましたか?


手放すという事は実に難しく、自分では手を離したつもりでも実はしっかりがっちり握っているもの。
仲間と一緒に過ごしていると、昨日も書いたように一人では自分は生きてはいけない弱い存在であること、そして仲間がいてくれるから今のアブスティナンスの喜びや苦しみ、恵みや試練を分かち合うことができる事、を肌で感じること、理解する事ができます。


私達には仲間から仲間へと手渡していくバトン(GA)が存在しています。
途中で転んだ、バトンを落としてしまった、または走ってくる道を逆戻りしてしまった、逆にスムーズにバトンを渡せることができた、バトンをもっと持ったままずっと走っていたかった・・・。
実際にそういう経験をする事が出来る人は、バトンを持った事がある人のみ、です。
何事もやってみなければ分からない。
経験してみなければ、何事も分からない。
そして経験させてもらった人間が実感した事は、失敗する事ほど恵みになる経験は無い、という事です。
私達がGAに繋がって今のアブスティナンスを頂いている大元になった経験は何でしたっけ?


こういう風に書いている私自身が実は一番そうなのですが、それでも私は手放していきたい、でしゃばらないでいきたい、とか細くも願い(笑)、祈っています。


今の私個人が理解しているアノニミティは、
「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」と同じ事だと思っています。
自分という存在は川の流れ(GA)のほんの一部の水滴のようなもの。
川の流れは常に同じ水では構成されていない。でも川の流れ自体は絶えることが無い。


これがGAメンバーとして私が活動する時に常に思っている事。
とはいいながら・・・思っていても口が動いてれば意味ないか・・・

東北の集い

昨日、今日と那須の某所で開催された東北の集いに参加してきました。
仲間の寄り集まりにはなんとも不思議な力があるものです。
あっという間に時間が過ぎていきました。
昨年とは違い今年は集いの役割にもつかずに(口だけは出し続けましたが)参加したので、とても楽しかったです(笑)
実行委員会の方達は本当にお疲れ様でした。
そして遠方から参加して下さった仲間の方達、東北の仲間達、ありがとうございました。

来年の集いですが、もし某○形県で開催という事になりましたら喜んでお手伝いさせて頂きますので、遠慮なく勝手に決めちゃって下さいね~(・∀・)ノ


しかししかし、仲間というのは本当に不思議な存在です。
弱いところも可愛いところもやらしいところも、そして素敵なところも全部見せてくれて。
そこから自分の今の姿を見、気付きを頂く事ができる。
今年は自分の弱さと意気地の無さからくる不安な思いが強い状態で参加。
でも仲間達と一緒に三食食べて、風呂に入って、一杯喋って、布団並べて色々話しながら寝て、眠い目こすって朝起きて…とやっていたらいつの間にか仲間達から安心と承認を勝手に頂いていました。
やっぱり一人では何もできませんし、強がってみせてもしょうがないのですね。


仲間が居てくれるという事はありがたいことです^^

ONE DAY AT A TIME

(;゚д゚)ァ....









(;´Д`)アウ...









(_Д_)アウアウアー









⊂⌒~⊃。Д。)⊃アウアウアー









(´・ω・`)知らんがな、んなもんは









(ヾノ・∀・`)ナイナイ









(ヾノ・∀・`)ムリムリ









(゚Д゚)ウゼェェェ









( ゚д゚)イイカゲンニシトケヨ…









( ̄- ̄) シーン…


一日目はちょうどこんな感じで終えたのですが、二日目は私の態度があまりにも露骨だったのかどうかはわかりませんが、色々とピーチクパーチク五月蝿い人が私と話をしたいといってきましたので色々話をしてきました。


周りの人曰くは私に対するその形の接し方はかなり気を使っている方だ^;と言ってはいたのですが、実際それは私も感じておりまして。
大体にして初日から業務をしっかりやらせようとさせるのは、使う気がなければ絶対にしないこと。
最初から最後まで業務はさせられていたのでその意味は私も分かってはいたのですが、あんまりにも五月蝿いものだから、ほぼ顔文字通りの返事やら態度をとってしまいましたが・・・。
それでも私が祈らずに済んだのは先方の心遣いのお陰だったのでしょう。


わざわざ私を呼んで話をしてくれた事も、そしてその話の内容からも心遣いは確かに感じました。
どうして欲しいのかと聞かれましたので、私はまずは業務に慣れたいのでそれを第一にしていきたい事、こんな年齢+転職を沢山重ねてはいるものの、能力不足で環境の変化+人間関係に即対応ができないのでそれについても業務と同じく溶け込む事を優先したい事を伝えました。


話をしたらそれは理解してくれたようなのですが昨日も今日も一日目と全然変わらない扱いだったので、ほんとに分かってんのかいなヽ( ´ー)ノ 、ってな感じ。
でもこの人、悪い人ではない。
お陰様、という言葉もしっかり聴いたし何気に褒めてくる時もありますし(笑)


えらそうに言えば世の中病んでいない人なんている訳無いんだから、理解されるよりは理解する事を、なのです。
なので本日もえらい疲れたのですが、とりあえずが何とかなりそうな気がしています。
でも五月蝿いのは私は嫌なので、気分的には早いところ資格をとって実務を覚えていって、一人立ちしたいなぁと。


ですので来年の試験に向けて勉強をはじめています。
先々月に受けた士補試験、今月20日が合格発表です。
まず大丈夫だとは思いますが、どうか受かってますように。


でも今回は本当にとる気でやる気で勉強しないと。
今まで自分が受験してきた資格とは明らかに難易度が違います。
この試験の合格者達曰く、とにかくコツコツコツコツ地道に毎日積み上げていくしかないんだそうです
・・・それって俺のもっとも苦手な事なんだけど。


でもがんばろう。
今のままはいやだ。
私はずっと出来る仕事を持ちたいし、もっと自由になりたいし、もう少しいい所に住みたいし、一人は寂しいからいいご縁欲しいし、そして何よりもっとお金欲しいもん\(^o^)/ヨノナカカネダヨ、カネガダイジ


で、ここまでをまとめると、今日一日、という事になります。(異論は認めます)


さて、お陰様で体重は2ヶ月前から4キロ減りました。
精神病院退院時の体重まであと5キロ減。
ギャンブル全盛の時まであと10キロ減。


土日は仕事にならなければ東北の集いに参加できると思います。
今週は何気に疲れてはいるので、できれば家でぐーたらしていたいところなのですが、お金も払っているのでなるたけ行かなきゃね。

右から左 左から右

今日は初日でしたが、初日からイライラしたのはいつ以来か。
雇ってくれた人、かなりうるさそーだなぁと思っていたのですが、まじ五月蝿いっす。
ここまでうるさいの久々。
あんまり五月蝿いもんだから夕方頃にはもうその喋っている言葉が私の耳の左から右、右から左に言葉が素通りするように。


よくあんなに色々な事が口から出てくるもんだと呆れてしまう。
もう少し付き合ってみないとわからないけれど、タイプ的には私が長い事お世話になっていた不動産会社の社長に多少似ているかな?


でもあまりにむかついてそれを抑えるためにお祈りしたり、とかは今日はしていない。
環境の変化には私は特に弱いクチなので今日はしんどい一日だったのですが、こう思うのは最初だけかも知れないし、もう少し経ってもそのままかもしれません。
執着はしないが粗末にもしない、ヘタレは自覚しても自虐もご機嫌とったりもしない、という事で今日思ったのは気楽にいこうという事です。


自らの加齢とともに、色々な意味で自分が選べる選択肢はどんどん少なくなっていく。
と同時に、年齢を重ねていっても自分のおこちゃま具合や未熟さというのはそのまんま。
これにギャンブル依存やら自閉の特性もついてるよ、ときてるからやはり簡単にはいかんのだよ。


そう問題もなさそうな気もするけど頑張ってる気もするし、何かあればしばらくここで垂れ流しする事にします。
よってしばらくは愚痴ブログになりそうです。

presented by 地球の名言

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よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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