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今日はありがとうございましたー^ ^

気をつけて帰って下さいねー^ ^

また日本のどこかでお会いしましょう
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身の振り方

先月から資格試験に向けての勉強を少しづつ始めています。

とはいいながらも大学受験以来しばらくぶりの勉強です。

年齢からくる自分の記憶力の低下もここ最近の勉強で改めて自覚させられています。



とりあえずこんな歳でもいけるのかどうなのか、今夏にそのテストを兼ねて国家試験を受ける事にし、先日申し込みを済ませました。

目下ゆったりとしたペースですがその勉強中です。

今夏の試験は受かったとしても実利には結びつきにくい資格ですが、首尾よく受かったとすれば自信に繋がりますのでそれだけでも十分に私にとって価値があります。



私は2年前の夏に精神病院を退院してから様々な職を転々としています。

それまで10年以上一つの職場で勤めていたものですから、まさか自分がその職場から離れたり、そして業種も全く違うところで働くような事があるとは想像もしませんでした。



去年の11月にこんな事を書いていました。

「私がここまで就活をして得られた事。



私が希望する月収15万前後で土日が休みになる職。

そのような職では、

現在38歳の男性で、

10年の不動産の営業スキルと宅建主任者の資格、

百貨店とコンビニの販売スキルを持つ人間は「必要とされていない」という事でした。



その条件にこだわれば、

私はいつになったら働くことができるのか・・・。まるで見当もつかないでしょう。



今の私にとにかく必要なものは、

私の生活を支えてくれる収入が得られる職業です。

それが無くては私は何もする事できません。」



あの時から5ヶ月が経った今もそれは一緒です。

そうやって一年が経ち、二年が経ち、あっという間に十年が経ち…

上の条件の年齢の部分が38から40になって、45になって、50になって、60になって…

ふたを開けてみれば結局あの時とな~んにも変わっちゃいない、なーんて事に多分間違いなくなるでしょう。




「人生で最高に価値のあるものは経験である」
自分の半生から見えてくるものは、自分が動いた分しか物事は動かないという事です。

目標は来年と再来年に一つずつ。

文型頭には中々きつい事ではありますが、もし上手くいったらウハウハでございます(笑)



「一日が過ぎていくうちに、自分が動揺したり、疑問を抱いたりしたら、立ち止まって一息入れ、正しい考えと行動を示してくださいと祈る。

自分がもはやすべてを取り仕切っているのではないことを絶えず思い起こし、毎日、何度も「あなたの意思が行われますように」と謙虚に自分に繰り返す。

そうすれば興奮、恐れ、怒り、心配、自己れんびん、結果としての愚かな決断に落ち込む危険はずっと少なくなる。ずっと効率が良くなる。


自分に合わせて人生をひねくり回していたころのようにエネルギーを浪費しないから、疲れにくくなってくる。

これはうまくいく。実に効果がある。」



日が長くなってきました。

仙台もようやく暖かくなってきました。
まだまだ揺れたらビクつく毎日ではありますが、それでも少しずつ、少しずつ、落ち着ける時間が増えてきたような気がします。


↓の曲は久石譲さんの春。
この曲の旋律は次の季節の曲の旋律を予感させます。



今から週末が楽しみ。
仲間の話を聞き流しながら久々にまったりするつもりです^^
そういう時間が今は一番の贅沢のような気がします。


しかししかし、毎日あれやこれやとうだうだやっていると、あっという間に時間は流れていきますね。
あともう少し経つと、この曲の季節になります。



さて、明日を気持ちよく迎えるためにももう寝ましょ。

GA&ギャマノン仙台グループ 日程と会場変更のお知らせ

震災後の現在の状況を鑑み、当ブログでGA仙台グループならびにギャマノン仙台グループの来月のミーティング予定をお知らせします。


両グループとも5月は下記日時で開催します。

場所は両グループとも東北会病院の4階でそれぞれ別の会議室を借りています。


住所:仙台市青葉区柏木一丁目8-7

交通:仙台市営地下鉄「北四番丁」駅下車、東北大学付属病院方面へ歩いて約15分。

(駐車台数に限りがありますので、出来るだけ公共交通機関を利用して下さい。)


日曜日

1日、15日、22日、29日 計4回で開始時間はいずれも13:00~15:00まで


土曜日

7日 計1回で開始時間は18:00~20:00まで


全ミーティングでクローズドミーティングになります。



以上です。

仙台市福祉プラザではミーティングは一切開催しませんのでご注意下さい。

またしばらくの間、GA仙台グループでオープンミーティングは開催しません。

なお東北会病院は会場をお借りしているだけですので、ミーティングに関する相談・質問はしないでください。


同じ情報を5月中は当ブログの最上段、メッセージボードに載せておきます。


誰もが主役になりたい

今日の仙台は寒くて風が強くて雨ザーザー降りの天気でした。

そんななか一日中現場で作業していたのですっかり身体が冷えてしまい、帰宅後久しぶりにお風呂を沸かしてゆったり湯船につかりました(・∀・)



ん~、

ビバ! お風呂、

だっちゃ!



ところで4月29日のセミナーの時に私はある役割をする事になったのですが、できればその役割は○むさんにお願いしたいなぁ(笑)

私は仕切り屋だけど面倒くさがり屋なのでその役割には向かないし、遠方から来てくれる仲間ともあまり話しができなくなる。

ま、それはどうでもいいとして、東日本大震災後のこんな時期のセミナーなのでGAの沢山の仲間達に話をしてもらいたいです。



ところでここからは今回のセミナーに関らず、OSMに対する個人的な意見です。



開催する側の仲間も参加する側の仲間も、オープンスピーカーとして話す経験を出来るだけ多くの新しい仲間に与えて欲しい。

何回も壇上に上がった経験のある仲間はその機会を新しい仲間に譲ってあげて欲しい、私はそう思っています。



GAのような当事者グループにでも繋がらない限り、人前で自分の話をする、という機会は中々ありません。

人前で自分の話をする、という事がスピーカー当人にどのような影響を与えるかは分かりません。

本人の中ではそのまま通り過ぎて行ってしまう出来事なのかもしれませんし、しっかりと心の中に根付く出来事になるのかもしれません。

それは経験させてみないと誰にも分からない事で、周りの人間が判断する事でもありません。



アルコホーリクス・アノニマスの中の一章に「ヘンリー・フォードは、人生で最高に価値のあるものは経験である、といった意味の賢い言葉を残している。」と書かれています。

そして「自分がまだ手にしていないものを人に手渡すことができないのははっきりしている。」とも書かれています。

私自身は、初めてオープンスピーチをした時の事を、仲間が私の名前を大声で呼んでくれた事を、今でもしっかりと覚えています。



人に与えられた時間は有限です。

私個人としては思いやりと寛容の精神を持って、オープンスピーカーの役割を沢山の仲間達に譲ってあげて欲しいと思います。



また、GAの主催行事については一致のためのプログラムに基づいて「今苦しんでいる強迫的ギャンブラーにメッセージを運ぶ」事を目的としているはずです。

その目的はOSMでの場合、GAメンバーが個人の体験談を話していく事で伝えられていくものと考えます。

ですので一人でも多くのGAメンバーに、個人の話をする機会を与える事です。

各12ステップグループの伝統に基づいて考えれば、GAではGAの、AAではAAの、NAではNAのメンバーが話をするはずです。

先にも書いたとおりで、スピーカーがどのような話をするのか、話し方が上手いのか下手なのか、実直な話をするのか脚色して話すのか等々、その辺りは実際に話してみないと分かりません。

そしてそれは聞く者にとっても同じことです。

どちらの立場にせよその経験と機会こそを大事にすべきと考えます。



最後に、一致のためのプログラムに基づいていけば、

GAはアマチュアでなければならず、またどのような関連施設や外部の事業にも、その活動を支持したり、資金を提供したり、GAの名前を貸したりすべきではありません。

よって特定の医療機関や関連施設の話をするのであれば仲間の話としてではなく、関連施設やギャンブラーズ・アノニマスの友人の話として紹介をし、話してもらうのが筋でしょう。

12ステップグループのメンバーの一員である事を明らかにしているのであれば、このようなブログやツイッター等で記事を書く時もそれは控えるべきでしょう。



ストレートな言い方ですが、仲間の先を行く者と自負するのであれば、もっともっと新しい仲間のことを考えて、自らは奥ゆかしくあるべきです。

霊的に目覚めた者として自らの身を持って、思いやり、寛容さ、謙虚さを周りに示すべきです。

「無名であることは、GAプログラムのスピリチュアル(霊的)な基礎である。それは各個人よりも原理を優先すべきことを、つねに私たちに思い起こさせるものである。」



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ただ、感じるままに 無限に飛べ!


今日は病院の一室をお借りして震災後初のGAミーティングでした。

今日は被災した時のそれぞれの体験を話すテーマミーティングと4月29日に控えているオープンスピカーズミーティングの役割を決めるビジネスミーティングを行いました。



3月11日、あの日に起きた様々な出来事の中で一番私の中に残っているもの。

それは・・・。



あの日、仕事場から最寄の地下鉄の駅舎まで送ってもらったら、どこが駅舎なのか判らないほどそこは漆黒の闇に包まれていてとても怖かった。

そこでおろしてもらってもどうしようもないので、家の近くまで送ってもらう事にしたのですが、信号は全てダウンしていて、先ほどの地下鉄の駅付近の道路からもの凄い大渋滞でした。

結局車は全然動かないので車道で車から降ろしてもらい、車のヘッドライトで明るく照らされた道をテクテクと一時間程度歩いて家に着きました。



家に着いた・・・のですが、灯りも何もないのでどこがどこで何がどこにあるのかもさっぱりわからず。

今現在充電の手段がない携帯の電池を温存したかったので、とりあえずPCの電源を入れてモニターの明かりで部屋を照らしました。

その薄明かりで部屋の中から前の日に買っていたアンパンとジャムパンを探し出して夕食として食べました。

食べている間もグラグラ揺れまくっていて、うぎゃ!!という感じでした。



空腹が収まったら何だか心も決まってきて、いつ何があってもいいように、服を着込めるだけ着込んでいつでも出かけられる準備だけしていました。

私の家族とはお昼に一度だけ連絡は取れていたものの、その後は一向に連絡がつかず、お互いの状態もわからなかったためとても心配でした。

会社はとりあえず明日明後日は休みでしたから、夜が明けたらとにかく家族の顔を見るために歩いて実家に行く事を決めました。



そうと決めたら明日以降に備えて寝られる時に寝てしまえ、と思いすぐに寝る事にしました。

その時にトイレに行きたくなったのですが、何せ部屋は真っ暗だし水道も止まっているしなので、そんな状態なので外に用を足しにいったのです。(ちなみに小ね。)



用を足している最中、何故か空が明るくなっていたので天を仰ぎ見てみました。

そうしたら雲ひとつ無い夜の空を明るくしていたものは、その空いっぱいに光り輝く満天の星々でした。

街の灯りが消えたことによって現れたその星々の輝きはとても美しく、一時は地震の事を忘れました。

でもその星灯りに魅入りながら、すぐにとても無常・・・といえばいいのか、何とも皮肉なものを感じました。

写真を撮ろうとも思ったのですが、携帯の電池の残量が気になって諦めました。



というわけで今も印象に残っているのは、あの時の満天の星空、です。

そんな事を今日は話してきたのですが、話す時間があまりなかったのでこの記事に詳しくあの時の心境を書いておく事にしました。

ところでこの記事の冒頭にいれた写真は、今日のミーティングの帰り道に東北大学の雨宮キャンパス近くで咲いていた桜です。

携帯の電池の事を今日は気にしないで撮れました。



そういえばいつか書こう、書こうと思っていた事。

それは3月11日以降、日本全国あちこちの地名が書かれたナンバープレートをつけた車が沢山この街に来てくれて街中を走り回っていたのですが、その事が私たちにはとても嬉しかったし、とても励まされました。



私が見た中で一番遠くの地名は「大分」のプレートで国土交通省の車でした。

知人が見た中で一番遠くの地名は、なんと「鹿児島」で車両は消防車だったそうです。

そのほかにも、「和泉」、「京都」、「和歌山」とか、自衛隊の津の分隊など、仙台では九州のほかに近畿方面のナンバーを街のあちこちで見かけました。

後は東京の車両が多かったです。



そしてその車両なのですが、「あんたたち、その車でここまで来てくれたんかいな~~~」と思わせる車がとても多かったのです。

とにかく今動ける車で持てるものを持ってここまで来ました、っていうのがとても多かった。

大阪ガス関係の車両なんて、2tトラックの荷台に資材やら工具やらを満載しているのを何台も見ました。

そんな状態で大阪からはるか仙台くんだりまで、ここまで来てくれたんかいな・・・

自衛隊、救急車、消防車、パトカー等の緊急車両に限らず、トラックや重機類なども他の地域の車が頻繁に走ってくれていました。

今日、仙台の街を何台も走っていたパトカーには警視庁と書かれていました。



様々な地域の車が支援に来てくれて、そしてダメージを負ったオラが街の道路を一生懸命走っている様を見ていると、心の奥底から自分の心の琴線に触れる「何か」が出てくるものです。

彼らの実際のその行動が、私たちを多分に救ってくれたと思います。

仙台人は決してこの事は忘れません。

全国の皆さん、ありがとうございます^^

久々に垂れ流し

ただ、感じるままに 無限に飛べ!


今日の仕事中に撮った1コマ。

日中は20度を超える陽気で現場では汗だくになりました。

それでも昼休み中は畑の土手べりで昼寝をして、自分の身体を天日干しにする事ができてきもちかった~(気持ちよかった)

ところで仙台でも桜が咲き始めてきました。

なんだかやっぱり春っていいものですねぇ^^



業務終了後、今日は一日歩きっぱなしで疲れていたのでまっすぐ家に帰ろうと思っていたのですが、

何故か途中下車して、私の仕事中に「客が来なくて暇すぎて退屈だー」とメールをくれた仲間のところへ寄って行きました。

何でも話す事ができる仲間なので、顔をみるだけでとにかくほっとします。

毎度の事なのですが、お客さん全然こないよ、とか、国分町も全然活気が無いよ、とか、アーケードなんて大体6時にはほとんど店を閉めちゃっているしねぇ、と震災後の日常の事や、お互いの家族や仕事やあんなことやこんなことについてなど、他愛も無い事を二人で話していると時間はあっという間に過ぎていきます。

今日は話している間、急にビービーという耳障りな携帯の地震警報が鳴って、二人でビビッたり慌ててみたりなんだり。

そのうちもう一人、ニコニコしてほろ酔いになっていた仲間が来て3人になり、そこから軽く3人で話をした後に家路につきました。



ところで震災後しばらくの間は実兄の家に居候していたのですが、その時に既にあの世にいっている親父が夢に出てきまして。(ちなみに夢の中に出てくる故人の中では父の出現率は割かし高い方で、レアキャラではありませぬ)

そこで親父は面白い事を私に言ったのです。

「俺の勉強机、無いからさ。だからお前の机を貸してくれないか?」と。

そう言いながら夢の中の父は既に私の机で本を読み始めていましたけれど。



生前の父は、本業の他にもう一つの業務としてあちこちの土地を鑑定していました。

車に乗って出かけるのが大好きで、私もよく一緒に鑑定につき合わされました。

父はあまり地図が読めない人だったしカーナビなんてなかった時代でしたので、私はいつも助手席に乗って地図を見ながらナビをしていたのを思い出します。



高卒だった親父ですが、2つの難しい国家資格に合格した勉強人でした。

そういえば勉強好きだったよなぁ。

何もあの世に行ってまで勉強しなくてもいいと思うのですが。

それとも・・・何かな・・・お前が勉強しろってことを言いたいのかいな?



確かに就活していれば資格があればあるほど有利。

履歴書や職歴書は自分の棚卸表のようなもの。

私の棚においてある在庫品は宅建くらいしかないもの。

そしてその宅建にくっ付いてくる職歴書に何回も登場してくるのが「一身上の都合により退社」の1行。

それじゃあ、どなたにも買ってもらえないのは当たり前でございます。



あー。

現実は厳しいのぅ~

ゆるゆるとがんばってみっかなぁ~

(バリバリ頑張る気はサラサラない)

以上、垂れ流し終了。

ホントに大事(おおごと)なんだ

いい加減地震以外の事をツラツラと書きたいのですが、書こうとしても何だか書けません。

何でかと言われれば目の前の日常の至る所に地震を思い出させるものがテンコ盛りなので、所詮地震の事を書かないというのは無理な話です。



でも今更思う事はホントに今回の地震は大事なんだ、という事です。

3月11日以来、日本はもとより世界中から沢山の人が東北に集まってくれて、あれやこれや一生懸命やってくれました。

停電した、ガソリンが無い、食べ物が無い、とにかく色んな物が足りない東北に対し、これも人と同じく沢山の物資が東北に集まってくれました。

これなら東北も何とかなりそう、仙台も早く復興できそう、そう思いました。



あれから一ヵ月経ってみて。

あれだけの人と物が東北に集まってくれて、あれやこれやとやってくれて、それで現状がこれなのか?、これしか変わらないの?という感じです。

ガレキの仮撤去をするのに約3年と仙台市は試算を出していました。

最近目にしたり耳にしたりする復興計画の数字はほとんどが年単位で書かれています。



そういう数字と日常を照らし合わせた時、膨大な時間を消費していかないと仙台は回復はできないのだ、今回はマジでやばいんだ、と痛感しました。

震災の雰囲気にどっぷりはまりつもりもないし、そこからは早く脱出したいけれど、まだまだバカをやる気にもなれません。



宮城県沖地震の時は私は幼すぎて復興の道筋を全然覚えていない。

今回は年相応?に身体に刻まれそうです。

とりあえず、祈れ!働け!です。

肌で感じている。

地震があってから今日で1ヶ月といっていましたね。

あの時からの時間が経つのが早い・遅いを感じる余裕は私にはありません。

今このブログを書いている間もPCの隣においてあるコーヒーがユラユラと動いています。



この1ヵ月、毎日毎日ユラユラ揺れたりグラグラ揺れたりしていますから本当に疲れます。

昔から地震が多い地方で、その分地震には慣れていたつもりですが全然ダメダメです。

とにかく地面、揺れないで。

ここは海に浮かんでいる船の上じゃないのだから。



それと地震と停電の極悪コンボはもう勘弁してほしいところです。

あれには心をポキッと折るだけの威力が秘められています。

今日の地震のせいで停電した世帯の多いいわきの方々はどれだけ心細くていらっしゃるのかと思うと胸が苦しくなります。



ところで津波が引いた後の土地に入ってみてとても驚いた事があります。

それはとても歩きにくいという事です。

傍から見るとただの土にしか見えないのですが、実際に歩いてみると地面がぬかるんでいてとてもではありませんがまともに歩けません。

私はたかだか200m程度の道で何回滑ったか分かりませんでした。



仙台市は南北よりも東西に長い市域を持っていて、同じ市内でも被害状況が大きく異なります。

東側は今もガレキの山、山、山です。

西側はガレキはほとんどありませんが市内のあちこちにダメージが残っています。



・・・

今もまた揺れてるし・・・。

はぁ。。。

不動産なんだからさー、動くなよ、ほんと。



早く揺れが収まってくれますように。

このユラユラ状態にいつか終わりはくるのだろうけれど、3月11日からずっと心が休まりません。

1ヶ月経っても揺れっぱなしだし。

余震が落ち着くのは大体3ヶ月が経つ経たないくらいのようですし。

これもまた今日一日、ですか。



今回はほんと、色んな事がイヤにもなるし面倒にもなりました。

今の状態で日常を過ごしてしても、震災前と同じように目の前の事をこなしていくありません。

厳しい現実です。

星灯り

いやいや、また真っ暗になるとはねぇ。

通信は以前より全然繋がりやすいです。

しっかし電気が落ちると心底イヤになります。

今日はそれほど寒くないので外にいてもなんぼか耐えられます。

ちょっと怖くて家にいられません。

短くまとめて

昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみじきことどもはべりけれど、なほこの度にはしかずとぞ。

(昔、斉衡のころとかに大地震が起きて、東大寺の大仏のお首が落ちたりして大変だったらしいが、それでもやはり今度の地震には及ばないとか。)


すなはちは、人皆あぢきなきことを述べて、いささか心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年経にしのちは、言葉にかけて言ひ出づる人だになし。

(その直後には、だれもかれもがこの世の無常とこの世の生活の無意味さを語り、いささか欲望や邪念の心の濁りも薄らいだように思われたが、月日が重なり何年か過ぎた後は、そんなことを言葉にする人もいなくなった。)

※方丈記「元暦の大地震」より抜粋。口語訳はこちら から頂きました。



古典は以前から見てはいたのですが、その中でも方丈記は面白く、魅力があります。

約800年も昔に書かれている随筆なのに、今現在の事を書いているように感じる時が多々あります。

方丈記に書かれているように、今回の震災のこともいずれ私たちは忘却していきます。

800年の時の流れを経ても、人の世の常ならず、です。

GA仙台グループよりお知らせ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

GA仙台グループ 4月のミーティング会場変更のお知らせ


東日本大震災の影響により、今までミーティング会場として使用していた仙台市福祉プラザが使用できなくなりましたので、4月はミーティング会場・日時ともに変更して開催いたします。

(今のところ仙台市福祉プラザが使用可能になる時期は未定です。分かり次第当ブログでもお知らせしていきます。)



●ミーティング

開催日時:4月17日(日)、4月24日(日) 両日とも午後1時から午後3時まででテーマミーティングを開催します。なお4月17日のミーティングはテーマミーティングにプラスしてビジネスミーティングも行います。

開催場所:東北会病院 4F会議室 (住所:仙台市青葉区柏木一丁目8-7)

交通:仙台市営地下鉄「北四番丁」駅下車、東北大学付属病院方面へ歩いて約15分。

(駐車台数に限りがありますので、出来るだけ公共交通機関を利用して下さい。)



●GA仙台グループ 19周年の集い

テーマ「素直に生きてみればいいさぁ」

開催日時:4月29日(祝) 午前11時から午後3時まで

開催場所:東北会病院 4F体育館 (住所:仙台市青葉区柏木一丁目8-7)

交通:仙台市営地下鉄「北四番丁」駅下車、東北大学付属病院方面へ歩いて約15分。

(駐車台数に限りがありますので、出来るだけ公共交通機関を利用して下さい。)


当日は仲間の話の他に鈴木俊博AKK仙台事務局長の講演があります。

※東北会病院には会場をお借りしているだけですので、GAミーティングに関する質問・ご相談はしないで下さい。



●雑談会

4月10日(日) 午後1時から市内某所にて開催します。

詳しくはGA日本インフォメーションのホームページで仙台グループの連絡先が出ていますのでそちらにお問い合わせ下さい。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


この記事の内容はこのブログの最上部にあるメッセージボードにコピペしてあります。4月中はこのまま載せておきます。

またモバイルの方はこのブログのページ下部にある「チョキブログ情報」からメッセージボードの内容を見る事が出来ます。

仙台Gより

ミーティング会場を借りている施設側の都合によりミーティングは当面の間は休止し、ミーティングの代わりに市内の喫茶店に集まっての雑談会をやっています。


開催場所、日時はメンバー間で連絡を取り合っていますので、GAに出てみたいけど今は開催しているの?という方はGAのホームページから仙台グループに連絡をして下さい。

また、例年4月29日に仙台グループでは講師を招いてのセミナー+OSMを開いています。
今年も開催する予定で会場を予約していたのですが、震災の影響でその施設が使用できるかどうかがわからなくなったので、代替の会場を探していました。

先日そのあたっていた施設側から会場使用の許可を頂きましたので、その会場で変更して開催する事になりました。

4月29日の仙台グループ19周年の集いは、仙台市青葉区の東北会病院で、時間は午前11時から開催予定です。

詳しくはGAのホームページで明日以降に確認して下さい。


presented by 地球の名言

プロフィール

よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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