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ステップ1 意欲の源泉は理解

理解が伴なわない行動は継続できません。
それは理解が不十分だと行動する意味がわからないからです。

行動当初は決意もやる気もみなぎらせていたものの、ある程度時間の経過と共に決意は薄れやる気も減少し、しまいには「あれ? 私は何故こうしたんだろう?」となって自然消滅する、というパターンです。
俗に言う三日坊主という奴です。

当たり前ですが人は自分にとって必要な事を行います。
催してもいないのにトイレには行きませんし、タバコを吸わない人間は灰皿を探す事はしません。
そしてトイレに行く、灰皿を探す、という行動は明らかに理解を伴なった行動です。
理解とは行動しないままでいるとどうなるかを納得しているという事です。
催したのに灰皿は探しませんし、タバコを吸いにトイレには行きません。
だから途中で「あれ? 私は何故ここにきたんだろう?」とはなりません。
そしてその目的の場所を探し当て、用を足す、喫煙をする、という欲求を満たす事ができます。

少し極端な例を上げましたが、行動を継続させるにはそれをやる意味を理解する必要があります。
ここで話をステップに移しますが、ステップも全く一緒でステップをやる意味を理解していないと、ステップが途中で失速して止まります。

例えば棚卸しや埋め合わせを行う目的は何でしょう。
その行動を起こすことでどうして賭けない生き方を過ごしていく力になるのでしょう。
なぜ棚卸しをしなければいけないのでしょう。
なぜ埋め合わせをしなければいけないのでしょう。


少しわき道。
ステップは行き着くところ独学だと私は考えています。
ステップワークでスポンサーと一緒に過ごす時間は勉強で言うところの学校の講義と一緒です。何も知らないものが一番最初に取り掛かるはじめの一歩です。受身で教えを吸収するところです。
独学とは学習を受けた後に、自分から知りたい、興味がある、知識を身に付けよう、と主体的に学ぶ大人の勉強です。
ですので独学には目的があります。そうしなければいけない必要がある事を理解した人間が行う勉強です。
この勉強は容赦ない厳しさと難しさがありますが、その反面継続していく事がとても楽しく嬉しいものでもあります。
わき道終了。

ステップが途中で失速するのはステップ1の理解が不十分だからです。
ステップ1が納得できれば、ステップを行う事が自分にとって必要な事になります。
やってもやらなくても・・・ではなくて、そうしなければいけなくなります。

一度賭けたら止まらない事、そしてそれを分かっていながらまた賭けてしまう事、その両方が病気の正体です。
これが私達とその周りの人達の人生を破壊したもの、です。

一度賭けたら止まらないは「肉体的渇望」、分かっていてもスリップするのは「精神的欲求」です。
病気の正体はどっちか、ではなくて、どっちも、です。
スリップするのは病気のせいです。だからあなたの落ち度ではないし、だから今後もあなたはまず間違いなくスリップを防げません。

「賭けていない時の強迫的ギャンブラーは落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であって、賭けていっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。」
これが本に書かれている賭けていない時の強迫的ギャンブラーの基本状態です。

こんな状態ではなかったですか?スリップする前は。
もしギャンブルが今止まっているのであれば今はこの状態ではありませんか?
賭けていない時、という条件しかついていませんから止まって1日でも5年でも10年でも関係ないです。
職場で、家庭で、学校で、あなたは日常で落ち着きが無かったり、いらいらしたり、不機嫌であったりしてませんか?
この状態が続く限りスリップは防げないし、この状態を自力で改善する事もまあ無理でしょう。

ステップ1は病気の正体が精神的欲求と肉体的渇望である事をあなたが納得する事を求めています。
この病気の正体に納得する事が底つきです。

繰り返しますが、賭けていない時の病気の症状が「落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であって、賭けていっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。」です。
私たちはこの病気にかかっている患者です。
この状態を自分で脱せないからスリップは私たちのせいではなく、かつ私たちの手に負えないものなのです。

とすれば理屈から言えば「落ち着きがあって、寛容であり、機嫌がよければ、ふっと楽になる感覚を再び体験せずに済むようになる」はずです。ハンドブックには性格を変えていくことによってギャンブルをやめることができる、と書かれています。

私たち自身ではこの状態から脱する事は無理だったけれど、私たち以外のモノの手によれば賭けていない時に平穏な状態にいさせてもらえるかもしれない・・・。
力が無いのが問題だから、力に解決してもらう。
これがステップ2です。力とはハイヤーパワーというやつです。

ここから3、4とステップは順番どおり続いていく訳ですが、ステップ4・5で明らかになるものは私たちが「落ち着きが無く、いらいらが強く、不機嫌であった」ものの原因です。
これらを特定し、取り除く事ができれば、私たちはその時はじめてスリップから解放される、という理屈です。
私たちがステップを実践し続けていく事でハイヤーパワーが何時の間にやらそれを取り除いてくれます。

というような事で永続的な賭けない生き方を実現する為にステップは行います。
自分以外の誰かの寿命で賭けない生き方が左右されたり、ステップ自体に消費期限が設定されていたらあなたもあなたの周りの人々も困るでしょう?
他の誰がどうなろうと自分の命続く間、常に自分が頼れるものがハイヤーパワーです。だからこそ永続的な取り組みが可能なんです。

時間の移り変わりと共に家族構成も私たちの年齢も変わります。
今は若くても50、60代になった時に、親もいない、配偶者もいない、子供もいない、友人もいない、働き口もない、と自分がなったら・・・というような予想を立てたことがあります?
自分にはそんな事はおこらない・・・・・・でしょうか。

今の自分が今の生活を続けていって1ヵ月後、2ヵ月後、半年後、1年後には、一体どんな自分になっているか想像できますか?
大体は想像通りだと思います。
それでよければ今のままで何も困っていないという事です。
その困っていない方が、それでも棚卸しをしたり祈ったり埋め合わせしたり、そこまでする必要がありますか?という事です。

「AAに来るどんなアルコホーリクでも、まず自分のどうしようもない弱さとその結果を全部受け入れなければ、何もできない。
そこまで謙虚にならなければ、その人の飲まない生きかたは(たとえできたとしても)あやふやなものでしかない。
本当のしあわせと言えるようなものは見つかりっこない。
これは、ぼう大な経験によって証明されつくしたAAの生きかたである。」12&12 P30

理解なき行動は継続しません。
ステップ1を本当に納得していますか?
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step12 スポンサーとしての自覚と責任

今年の1月から月1で書いてきたステップもあっという間に12番目まできちゃいました。
で、来月になったらまた新たに1から書きますので引き続き宜しくお願いいたします。

「私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力を続け、このメッセージをほかの強迫的ギャンブラーに伝えるように努めた。」
ですので2つのことが書かれています。

①ステップ1~11を私たちのすべての事に実行しようと努力を続ける、というのは前半部分から、
②ステップ1~11までをほかの強迫的ギャンブラーに伝えるように努めた、というのは後半部分から、それぞれ導けます。

ですので12に書かれているのは、
①ステップを毎日継続して実践する(すべての事に実行しようとすれば当然そうなる。)
②他の強迫的ギャンブラーにステップを伝える
以上二点に努めろという事です。

ステップのとても優れているところは、再現性を保持しつつ受け渡しが容易であるところ、です。
簡単に言えば料理のレシピのようなものだということです(この業界ではメジャーな例え方です。)
レシピに書かれてあるとおりに調理すれば誰が作ってもほぼ同じものができます。
受け渡しはレシピが記載されている紙とかwebのアドレスを教えれば、再現性を損なうことなく受け渡し可能です。

ステップはビックブックに書いてあるので、ビックブックがあればステップは実際に行うことができます。
最初の100人、まじGJ。

でも実際は本だけでは厳しいです。
理論的には本だけあればステップは実践可能※ですが、書いてあるレシピが「たまねぎをみじん切りにしてみましょう」程度の容易なものではないので、ステップの経験者と共に行うのがほとんどです。
※ステップ5・9では自分以外のだれかの関与が必須ですが、ステップ5では自分以外の誰かが自助グループのメンバーである必要は無いですし、9は自分が傷つけた方への埋め合わせですので本を見てやる気があれば出来る事になります。

ステップの初心者がステップの経験者と共にビックブックに書いてある通りにステップを実践すること、これをステップワークと私は言ってます。
経験者はスポンサー、初心者をスポンシーと呼びます。

ここでちょっと脇にそれますが、私が今日までステップワークを行った・行っているメンバーは、ある程度グループに通うようになって時間が経過している人(おおよそバースデーを一回以上迎えている人)のみです。
ビックブックに書かれているようにすぐにステップを実践しようという流れにはなっていないです。

私に依頼してきた人々に共通しているのは、ギャンブルが止まっている状態にも関わらず、何故か自分に落ち着きがなく、いらいらが強く、不機嫌であることに程度の差こそあれ疑問をもった状態だったという事です。

要するにステップ1についてわずかでも理解し始めた時に、仲間たちはスポンサーを求めるらしいという事です。
力が無い事が問題なのですが、その問題を理解するには情報が必要です。ビルがDrボブに伝えたように問題の本質を伝えないといけません。

回復の最初の段階のステップを案内するスキルを失っている(緑本P11)とはこういう事で、しかもそれが自分自身のステップワークを通して気付かされるとは思いませんでした。

その後、今からでも出来る事はやっておこうということで今年の夏か秋ごろから、最初に告知した上で自分なりに伝えたいステップ1の話をステップミーティングの度にするようにしています。
私の顔を見ただけで話の内容を思い出せるくらい、繰り返し話を続けようと思ってます。

ホームグループでは自分の居心地のよさを第一にして仲間に悪印象をなるべく抱かせない立ち居振る舞いをしてきたつもりでしたが(ほんとか?と言う仲間の声が今私の頭に響いたけど気にしない、気にしない。)、ま、いいやー、という事でベラベラ喋るつもり。
それと同時に主に自慰の場所であるここでも、自分なりに理解したステップ1については書くようにしています。今後もそうします。
書くだけ書いて少しでも興味を持って近くのGAに行ってもらえたとしたら、それは私にとってはすごく嬉しい出来事です。

さて、話を戻してほとんどの場合はスポンシーはスポンサーと2人でステップワークを行っていきます。
経験者が付き添いながら行うので、本だけを頼りに一人で行う時よりもレシピ通りの結果がでやすくなります。
この辺は行政庁への申請に少し似てるかな?

まもなく確定申告の申請時期になります。
あれっておおざっぱに言えばこの1年間、所得があった人が所得税額を申告納税する、あとは所得税を納めすぎたので還付してくださーいという申告をする事だったと思う。
税務署に出頭するか最近はPCで電子申請も出来るけれど、正直書き方がよく判らなかったりして用紙に記入漏れがあったり添付書類の不備があったりなどしたら申告を受け付けてもらえなくなります。

一人で手続きを行ってしまうと書いてある通りにやっているつもりでも、実際は全然手続きに沿っていない、という事はままあることです。慣れていない作業であればなお更の事です。
そこで事前に税務署に問い合わせをしたり、税理士の無料相談を活用して申告書類を仕上げれば、申告は無事終了できるでしょう。
そうすれば回り道をすることなく目的の状態に到達できます。

スポンサー・スポンシーで取り組むステップワークも一緒です。
ステップは1から12までの順番がふられている一連の手続きなので、スポンサーがいる事で手続きの適正をある程度担保してくれます。

スポンサーは先導役です。
先導役があれもわからん、これもわからんで共に迷走したのではスポンシーが可哀想です。
申告方法がわからず税理士に相談したら「( ´ー`)オラヨクシラネーダヨ 税務署行って聞いてください。」と言われたらどうでしょう。

スポンサーをやろうとする人は、自らの能力担保の為に、ビックブックでも赤でも緑でも12&12でもなんでもいっぱい読んで、いっぱい勉強すべきです。
分からない事は調べる、聞く、何でも出来る事はすべきです。
スポンシーはみな真剣です。
自分がステップをやろう、教えてもらおうと思った時の気持はどのようなものでしたか?
その気持をあなたのスポンシーになろうとする人も同じく持っているのです。

スポンサーはステップワークを行う上でスポンシーに倍するような気付きを得ます。
自分なりにできる事を誠実に行っていきましょう。

そして12の前段に書いてあるとおり、毎日ステップを実践してお互い日々成長していきましょう。
「プログラム・フォー・ユー」、つまり、あなたのための回復のプログラムは、代わりに誰かにやってもらうことはできない。あなたが、自分でやるしかない。(プログラムフォーユーP189)

step11 目標を持つ

忘れないうちに書いておこう。

1から10まで繰り返していくと自然と未来の事を考えるようになります。
前にも書きましたが時間の流れは連綿と続いています。
過去から現在までを扱っているのが1から10なので、そこまでいけば自然にその先の事を考えるようになる訳です。(埋め合わせの予定をたてる&実際の埋め合わせはその時点では未来の予定ですが、もともとの出自は過去の出来事なので過去からの派生事項という事で。)

とりあえず今後自分はなじょしていけばいいのか?
この辺りは、1から10までの実践を続けていけば自ずと示されていくものと思ってます。
後はその道をどんどん進んでいけばそれでよろしい。
人によって神との関わり方は変わってくるのでしょうが、私の場合、前にも書いたように見守りを一方的にお願いしているので、今日はあなたの意に沿わなかった事をしてはいなかったでしょうか?ってな感じで軽く黙想して終了。後は1週間の目標をざっくり立ててそれにそって行動しています。
私の場合、ケツの切られた目標があるのでその辺はとても楽です。

過去の清算をしつつ、この辺でやっとこ前を向いていけるようになる。
日曜の試験の時もそうだったけれど、苦しい時に自分を支えてくれるものは家族・仲間・神様の支えをもらって自分が毎日少しずつ積み上げてきた行動の積み重ねです。
バックボーンがあるとないではぜんぜんちゃいまっせ。

で、12で1から11までの自分の物語を話せばよい。
それが私らが伝えるメッセージです。

ところで私はブログの名前はころころ変えてきました。
今のタイトルはもう変える気がないので私が死ぬかブログサービスが消えてなくなるまでこの名称のままでいきます。
今の自分にとっては「一生中休みのままなんだからそれを忘れるな」という意味にとっています。

1ヶ月に1回でもステップの記事を書いているのは自分の為です。
自己流の解釈なのでかなり恥ずかしいしピントずれや論理矛盾が出まくりなのですが、それでも伝えたいと思っています。
なるべくステップの主旨が判りやすいように、という事を第一にして。

共通の解決法を見つけて実践していった仲間たちの間に存在させてもらってこそ、私のアブスティナンスが伸びていってくれる、私はそう信じています。
でもって、その願いはかなり切実です。
利己的な願いですが、自分一人助けられずに人の手助けなんてできるわけないのです。

そのためにステップは伝えたい、話したい、理解してもらいたい、実践してもらいたい。
お願い四重奏ですが、だってみんなやんないんだもん。
やんないと多分GAの存在が危うくなるよ。
ギャンブルの問題で困っている人たちは病院主催のミーティングとか施設でミーティングすればそれでおkと多分なるよ。
だってやってることになーーーんにも違いが無いんだもん。

GAって何やるところ?
ハンドブック1ページに書いてあるところ読んだ?
「彼らは話し合い、スリップを防ぐためには、自分たちの性格(考え方)を変えていく必要があるという結論に達した。そのために、彼らはあるスピリチュアル(霊的)な原理を道案内として使うことにした。それは何万人もの人々がすでにほかの強迫的な嗜癖から回復することができたという原理である。」

9ページにはこう書いてあるよ?
「自分の性格を少しずつ変えていくことによって、やめることができる。これはGAの回復のためのプログラムと一致のためのプログラムにおける基本的な考え方を信頼し、従うことによってなしとげることができるのである。この信頼と理解を得るための近道というものはない。きわめて不可解で知らぬ間に進行する強迫的嗜癖から回復するためには、不断の努力が要求される。正直さ、心をひらく、やる気、これらが私たちの回復のキーワードである。」

12番目のステップってプログラム使って自分はこうなったよ、今はこうやって生きてるよ、っていうのを伝えるもの。
そのメッセージを伝える事がGAメンバーの大切な使命であって、それが結果として自他を助ける事になるんだと。

新しい人が来た時にギャンブル依存症ってどうやって治すんですか?、って聞かれたら。
「完治はしないけど、回復はできるよ。」という判で押したような答えをしたとする。

完治はどうしてないの?
言い切れるその根拠どこから来るの?
回復って一体なに?
何を持って回復なの?
糖尿病とかと一緒で一生背負って共存していくっていうけど、それどういうこと?

完治しないとか回復とか言う前に、どうすればギャンブル止められるの?

とかなーり真剣でイジワルなビギナーが来た時、どう答える?
自分の言葉として、自分の体験として、相手に説明できる?

「ミーティングに答えはある。ミーティングに来続けるように。」とある方はいったらしい。
「ここには答えが無いからもう来ない。」と言った相手からある時言われ返されたらしい。

そう相手に言われた時にそれ以上何も伝える事ができなかったそうです。
その時に、ああ。。。ステップやろうかな、と思い始めたというような事を聞いたことがあります。

なので?、自分の回復を伝えようよ、こうやって俺よくなってきたんだよ、という事を自分の言葉として体験として方法として伝えられるように、ステップいいよー、やろー、一緒にやろーという事で書いてます。

それに同じ話ができる仲間増えた方がおれ、楽しいし。
プログラム実践してる仲間達と話してると、俺とっても楽しいのー。
みんな性格破綻してるけれど、それでも穏やかで謙虚なところがあって、それがとても魅力的。
自分も一緒に居ると力もらえるし、うぉおおおー、もっと頑張ろうって思えるもん。
だから楽しい時間を私はもっともっと増やしたい。

つーことで理解が不十分ながらそれでも書かないよりははるかにマシと思って記事書いてるわけ。

なんでギャンブル止めるのに性格を変える必要があるとGAのハンドブックに書いてあるのか。
これ、無力の確信核心部分なんだけど、完治が無いけど回復はあるにつながるんだけど。
自分の理解で自分の言葉で自分の経験で、相手に説明できる???

今あなたの頭の中にある事があなたが誰かに伝えられるステップ1だよ。

「自分がまだ手にしていないものを人に手渡すことができないのははっきりしている。BB P240」のであります。

11月11日なのでstep11・・・・・・・・・・・・・・・・・の前に

やっぱり発想がギャンブラーか、数字が揃うと妙にうれしくなる。
そして揃った数字が奇数であれば、その喜びはなお更のことなのである。

さて、step11は「祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。」です。

えっと、今回は少し脇にそれて神様、ってものについて少しだけ。

唐突ですけれど、私は今もあんまり神様信じてないほうです。
未だにビックブックや12&12を見ててもベタな祈りの言葉や何やらラリッてるような感じの文章部分は「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ><」って感じで基本好きじゃないです。

前のステップの記事の時になんやらかんやら書いてますけれど、今も昔もぶっちゃけていえば私は自分に何かあった時の免責と自分の生活の見守り以上の事を神様にお願いしていないので、私が信じるハイヤーパワーというのはそんな感じです。

それだけお願いしておけば、私のアブスティナンス(賭けない生き方)を継続していく上で今のところは困らないからです。

実際GAのステップは神という言葉の登場がAAの12ステップに比べて格段に少ない。
7と11にしか神という単語は出てこないのはそれなりに意味がある事なのかもしれない。
文言的には7は免責、11は見守りとも取れるのでもしかしたら私の神様も私だけのものではないのかもしれない。

もし自分なりの神様っていうものを自分なりに考えてみた事がなかったら、一度考えてみて欲しい。
ステップ1を繰り返し繰り返し考えて理解を深めていったとしたら、いかなる制約も受けない完全な選択の自由が、結果的に自分からは奪われてしまった事に気付きます。
選択の自由が奪われたという事は実際自分の実生活にどのような影響を及ぼすのか、などなど考えていければ「自分なりの」という言葉が結構しっくりくるかも、、、です。

11についてはまたいずれ。あら、日付過ぎちゃった。

step10 忘れても思い出せるか

10月なのstep10です。
「自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた。」
ステップ1から9まで毎日延々繰り返します。
ぶっちゃけそれだけでしょう。

日々の振り返りをまじめに行っていくと自分の一日の時間の使い方を考えるようになります。
頭で考えるとこれもわからなくなるので、手帳を買って一日ごとの時間の過ごし方を手帳に書いてみましょう。
最近の手帳は多機能なものが多いですが、日毎に時間の目盛がふってあるものであれば何でもよいです。
1週間分見開きで見れるものであればなお良いです。

生活のリズム、自分が大事にしていること、素直に一日の行動を手帳に書いてみると自分の考え方が毎日の行動に如実に現れていることがわかります。
それがわかればしめたもので、あとは計画を立てて行動を起こすだけです。
小さい計画で構いません。

これを続けていくと明日の行動の予定が立つようになりますし、もっとそれを続けていくと過去を振り返って未来を考え、もっと先の事も、自分が向うべき目標とかも考えるようになります。
現実に今使っている時間の事を考えはじめれば、時間はとぎれなく続いているのですから、以前の事を振り返るのも、先の事を考えるようになるのも当然の事なのです。
そのように時間を捉え始めれば、日々の自分の行動を記録している手帳はまさに宝物になります。

step10の積み重ねが日々の計画を立てて日の始まりに祈り、日の終わりに祈って今日一日を振り返りつつ目標を見つけてそれに進むstep11に自然に繋がっていきます。

で、と。
こういう書き方自体step1が入ってないのですが、step10あたりまできてそれを継続しているとですね、簡単にはすべらんはずなのです。
12ステップの考え方でいくとですね、病の正体には2つあります。
一つは一度賭けたら強烈な渇望が起きてコントロール不能になるコントロール喪失という機能障害とでもいうべき肉体の病。
もう一つは自分のギャンブルがもたらした結果を思い出すことができずに最初のギャンブルに対して全く抵抗できないことで、俗に言う「魔が差した」っていうやつで、これが精神の病。

肉体の病は最初のギャンブルが始まらない限り問題はありません。始まらなければコントロール不要です。
最初のギャンブルを始めてしまうの精神の病の方です。これがきちゃうと肉体の病が発症してしまいますので自分では止められなくなります。

精神→肉体の順番で動きますので、精神の方を抑えられればギャンブルはしないで済むようになります。
だけれども魔が差すっていうくらいなので、これは防げません。
でも・・・多分これって自然なことなのだと思います。
人間、どんな事でも所詮忘れちまうから。

そういう特性を人間が持っているから昔から忘却に対処するための技術というものが存在しているのでしょう。
今でもその技術として日常行われているのが復習と習慣化ってやつです。
復習はぶっちゃけ忘れることを前提にまた覚えなおす事を繰り返すことです。次の復習の時にはまた忘れているからまた覚えなおす。
ひたすらそれを繰り返すこと。

毎日勉強ばっかりしてると本当にそう思いますよ。
どうしてもこれは覚えなきゃいけないんだと覚悟決めてやっていても、1週間たてば平気で忘れていますから。

そうやっていると復習はいつのまにか習慣になります。
習慣になってくれると忘れていても新たに覚えなおしているので思い出すことができるようになります。
ですのでこのstep10辺りまでくれば、魔が差したとしてもその後に自分のギャンブルの事を思い出せるようになりやすくなっているとは思うんです。

今まで書いてきたstep1からstep9までの事をしていれば結構忙しいですので魔が差すこと自体も少なくなるし、魔が差したとしても、復習&習慣という危機管理委員会のご配慮にお任せすることができますので。

なので、とにもかくにも繰り返すこと、っていうのがすごーーーーーーーーーーーーーーーーーく大事。
決心することは大切です。でもそれを続けることはより以上に大切なことです。

でも悲しいかな、復習をするという事も習慣というものも、二つとも忘れる対象になります。
だから忘れても思い出せるように、覚えなおせるように自分なりに工夫しないといけません。
手帳に自分の毎日を記録しているのも私なりの対処法です。
毎日が執行猶予、という事をお互い毎日覚えなおしていきましょう。


presented by 地球の名言

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よはん

Author:よはん
強迫的ギャンブラー よはんの備忘録
GAの事、自分の事、今考えてる事など徒然書いています。

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